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保釈1

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平成16年3月4日。
O弁護士から請求した保釈を却下する決定書が、私の元に届けられた。

<保釈請求却下決定
被告事件 公務執行妨害
被告人に対する上記被告事件について、平成16年2月27日弁護人○○○○から保釈の請求があったので、当裁判所は、検察官の意見を聴いた上、次のとおり決定する。
主文
本件保釈の請求を却下する。
理由
被告人は下記4に該当し、かつ、諸般の事情に照らして保釈の許可をするのは適当と認められない。
平成16年3月3日
名古屋地方裁判所  裁判官 小 松 秀 大 >
となっており、記の4で罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある、と記載されていた。

保釈請求が却下されたことで、当初の予想どおり勾留が長期間に及ぶ様相が強くなってきた。
家族や友人のことも気がかりではあったが、当面は逮捕前から抱えていた役所の仕事の納期が迫っていたことが、何より気がかりであった。
新規の仕事は当然できなくなるから、出頭する前に、病気入院を理由にすべて断るように指示してきたが、取り掛かっていた継続中の仕事を途中で投げ出してしまうことは、仕事が減るだけでは済まされなかった。どんな理由があるにせよ、ビジネスマンとしては失格であり、責任感が欠落していると言わねばならない。

継続中の仕事のことは気がかりではあったが、すべての結果が出てしまうと、不思議なもので逆に気持ちが落ち着いてくる。
勾留されるかされないか、起訴か不起訴か、保釈されるかされないかという不確定要素を抱えていると、精神的に不安であるが、そういった当面の不確定要素がなくなると、どんな悲惨な現実でも、比較的すなおに受け入れ、環境に適合できる精神状態になるようだ。

接見禁止が解除されたため、昼頃、妻が面会に来た。
中学1年の長女と小学1年の次女が手紙を書いたという。私に渡してくれと言っていたらしい。

ひと時の面会を終えて房に戻ると、U氏が弁護士さんの面会かと訊ねてきたが、私はあいまいな返事をしただけだった。彼も起訴はされているが、国選弁護人がまだ決まっていない。
単調な拘束状態の留置場の生活では、他人の面会回数が多いだけでも、変な嫉妬心が生じてくる。それがわかっているだけに、自分の面会の話は極力避けるようにしていたのである。

午後になって、妻が差し入れていった娘の手紙が留置担当官から手渡された。
私は、U氏に背を向けるようにして、その手紙をこっそり開いた。
小学1年生の次女の字はたどたどしかった。
「おとうさんへ おとうさんげんき?ゆりはげんきだよ。おとうさんのゆめたくさんみたよ。たくさん。かえってきたゆめ。そのときはうれしかったよ。でもいつもゆめだからかなしい。でもしょうがないよね。 ゆりより」
「おとうさんへ もう3月すぎちゃったね。がんばってね。 ゆりより」
2枚目の手紙には、私と次女の絵が書いてあった。

その手紙を見たとき、思わず、堰を切ったように涙があふれた。もう、何十年も泣いていなかった。溜まっていた涙が、一気に噴き出したようであった。

「だんなさん、どげんしたと?」
後ろでU氏の声が聞こえた。
私の背中が、嗚咽で震えていたのかも知れない。
「いや、なんでもない」
と、あわてて言おうとしたが、言葉にはならなかった。

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起訴2

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2月28日。
O弁護士が面会に来た。いつもは午後からが多かったが、今日は午前中の面会である。
「起訴されたねえ」
彼は、これまでの裁判所の感触から不起訴の可能性が高いと踏んでいた。予想外だという表情である。こんな程度でという感想であろう。

公務執行妨害罪などというものは、実際犯行を行っていても、悪質でない限り、あまり起訴されない。例えば警察官に暴行し、怪我をさせても、よほどの重症でも負わせなければ、起訴されないことの方が多いのである。
私の場合は、犯行そのものがでっち上げだが、仮に被害者と称する税務職員の供述どおりだったとしても、投げたカセットテープは当たりもかすりもしていないし、指1本触れたわけでもない。しかも、被害者を装う竹山孝財務官(特別国税調査官)は、私のつぼまで割って逃げている。
それでも起訴してくるのだから、検察の力の入れようは、とても尋常ではないといえた。

午後になって起訴状が手渡された。非常に簡潔である。
<起訴状
公訴事実
被告人は、平成16年1月23日午後2時25分ころ、名古屋市○○○○号室において、被告人の所得税等の調査に訪れた名古屋中税務署財務事務官竹山孝(当56年)に対し、「うそばっかつくな。」などと怒号しながら、その身体に向けて数本のカセットテープを投げつける暴行を加え、もって同財務事務官の職務の執行を妨害したものである。
罪名及び罰条
公務執行妨害   刑法第95条第1項>

事実を調べたうえで悪質だったから起訴したというものではなく、最初から起訴ありきの捜査だった。
それは、昨日の取調べでも証明されている。

昨日の夕方、留置担当官から起訴されたことを聞かされたが、驚いたことに、起訴後のその日の夜8時頃に、中警察署の山本刑事と伊藤巡査が取調べに来たのである。
調べに来たことといえば、私が投げたカセットテープの種類、大きさ等は、どんなものかということである。縦約6cm、横約10cm、厚さ約1cmの通常のカセットテープか、縦約3cm、横約5cm、厚さ約0.8cmのマイクロカセットテープかということである。
数本のカセットテープを投げつける暴行を加えて、職務の執行を妨害したということで起訴しておきながら、肝心の犯行を形成したカセットテープはどんなものか調べてなかったのだ。
竹山財務官は、平積みにしてあった4本ないし6本のカセットテープを上から鷲づかみにして投げつれられたと供述していたようであるが、通常のカセットテープを上から4本ないし6本も掴めて投げれるものかどうか、担当検事が起訴した後から疑問に思ったのだろう。
本来ならば、犯行に使ったカセットテープを調査し、事実を検討して起訴すべきものであるが、本件では逆になっているのである。
この一事を見ても、普通の捜査でないことは明らかだった。

O弁護士は面会に来る前に、保釈請求書を裁判所に提出しただけでなく、担当裁判官に会って直々交渉してきた。だが、その裁判官の反応は何とも頼りないものだった、と嘆いていた。

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起訴1

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2月27日になった。
朝から何となく落ち着かなかった。
今日で勾留期限が切れるため、起訴か、不起訴か結論がはっきりする。不起訴であれば釈放だが、起訴となると、勾留生活が非常に長くなることが予想された。
でっち上げの事件だから否認するのは当たり前だが、表向きには、固まった被疑事件を全面的に否認していることになり、裁判所が簡単には保釈を認めないと思われた。

特に、国策がらみの否認事件は、勾留期間が非常に長い。
元大阪高検公安部長の三井環氏は、不当逮捕されてから保釈されるまで325日間拘束されていたし、鈴木宗男衆議院議員も、逮捕された後、容疑を否認していたため、保釈されるまで437日間拘置されている。
また、国税当局に反抗した公認会計士の山根治氏も、冤罪による逮捕で291日間勾留されていた。

容疑を否認し、かつ、被告が無罪になることによって当局関係者の責任問題に発展するようなケースでは、ほとんど例外なく、勾留期間が長期に及んでいる。
私の場合は、無罪になってから関係者の責任を追及するというよりも、逮捕される以前から、当局関係者の責任を追及していたのだ。簡単に、保釈を認めるとは思えなかった。

人間はどんな厳しい現実に直面しても、どこか甘い期待を捨てきれないものである。現実を直視すれば不起訴などありえないはずだが、私も心の片隅に、不起訴釈放の甘い期待を抱いていたことは否めなかった。
留置担当官が私の房の前までやってくると、
「○○、釈放だ」
と、扉を開けるような気がして落ち着かなかったのである。

そんな淡い期待が叶うほど、現実は甘くなかった。
その日の夕方、留置担当官が私の房の前までやってきたが、ひそかに期待していた扉は開けられることはなく、起訴された事実を簡潔に伝えてきただけであった。

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権力の呪縛

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2月26日になった。
留置場の生活は、3度の食事と取調べぐらいで、変化のない単調な生活である。食事以外の楽しみといえば、一日20分程度の運動時間と週に1回の入浴ぐらいである。
運動時間といっても、特別何か運動するわけではない。コンクリートの壁に囲まれた空間にゴザを敷き、数人が順番にそこに座って、房内で禁止されている喫煙や新聞の閲覧をして時間を過ごすだけである。
タバコを吸わない私には、運動時間も、楽しみと言えるほどのものでもなかった。

一通り取調べが終わると、房内から外へ出る機会が極端に減る。一日が非常に長く感じられた。
「旦那さん、明日決まるね」
同房のU氏が話しかけてきた。
起訴か、不起訴か、ということである。不起訴であれば、釈放だった。
U氏は、すでに起訴されていた。彼は事件の経緯や経歴、身の上話し等をいろいろ話したがる性格なので、私は、彼の人生相談の相手にもなっていた。
私は、どちらかといえば無口な方で、自分から事件や身上に関することは話さない。
たとえ、事件のことを話しても、
「国と喧嘩したって勝てっこないんだから、やめときなよ」
と言われるだけだから、詳しくは話さなかった。
ただ、彼のことをいろいろ聞いた関係で、私も事件の概要だけは話していた。
O弁護士は、まず不起訴だと思うと言っていたが、彼は間違いなく不起訴だと言ってくれていたのである。むろん、何の根拠もなかったが。

取調べを通じて得た感触は、国税と警察だけの関係で動いているものではない、ということだった。
2月7日に逮捕され、2月9日に勾留が決定したが、実は、その3日後の2月12日には、名古屋中税務署長の南博昭名で私の事務所に所得税の更正通知書が送付されていたのである。
O弁護士から、数日遅れてそのことを面会の時に聞いたのであるが、この手際よさは、私が国相手に民事訴訟を提起した3日後に、いきなり警察が逮捕に来た時と同じであった。

勾留の決定を待ち構えて、本人のいなくなった事務所へ更正通知を送りつけてきているのである。異議申立、審査請求、税務訴訟等は、どこにいても法律上は可能であるが、拘禁の身では、証拠書類の収集や弁明等の都合上、実際問題としては、非常に困難であった。事実上、それら救済の道が閉ざされたに等しい。

また、検察官の取調べに及ぶ姿勢にも非常に厳しいものがあり、警察官は私に有利な物的証拠は、一切調べようとはしなかった。供述調書そのものは、事実に即して作成させたが、それを裏付ける物的証拠は何ら調べなかったのである。
私が持参した現場の証拠写真や、事務所に保存してある投げたカセットテープケースの破片も調べなかった。竹山財務事務官らの供述の偽りを明らかにする事務所の電話の録音も、私が調べてくれ、と言っているのに調べなかった。
犯行状況を再現する写真撮影も、実際の状況がわかる私の事務所ではなく、全く状況の異なる中警察署内の広い宿直室で行った。
現場引当てのときも、私の事務所のあるマンション全体を、外から写真撮影しただけで、肝心の現場となった事務所の応接室には入ろうともせず、そこでの質問を避けるように終わらせたのである。

単独な動きではない。
国税、検察、警察が連動して動いていることは間違いなかった。
(戦うには、ここを出なければならない)
そう思っても、何ともならない。
権力が、じわじわと真綿で首を締めに掛かってくる。体が自由にならないだけに、その力がより強大に感じられた。

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検事調べ

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平成16年2月24日、その日は一日検事調べだった。
朝9時に東警察署を出て検察庁に向かい、留置場へ帰ってきたのは、夜の7時を過ぎていた。途中、昼食や昼の休憩はあったものの、実に長い取調べである。同行した警察官が、あまりの長さに愚痴をこぼしていたほどである。

昨日、O弁護士が面会に来たとき、私は、明日は検事調べだと伝えていた。
彼は、以前申し立てた準抗告の棄却理由の注目事項に触れ、
「8:2か7:3ぐらいの確率で不起訴だと思うが、くれぐれも対応には気をつけるように」
と、言った。
検察官も人間である。取調べの際に、口の利き方や態度が悪いと、何でもない事件でも、売り言葉に買い言葉で起訴してくることもあるから、気をつけたほうがいい、と言うのである。
「中途半端な不起訴より、裁判で白黒つけた方が物事の真相がはっきりして、いいのではないでしょうか」
と、私は言った。
前回行われた検事調べの雰囲気から、起訴される可能性が高いと感じていた私の強がりでもあった。
「そうは言うけど、仕事を持って刑事裁判一つ抱えると、ほんとに大変だよ」
そう言って、O弁護士は、取調べ時の対応には、極力注意するようにと繰り返し言っていた。

その日の検事調べが長くなったのは、勾留期限が迫っていたことによる。
9日間の勾留延長が2月18日になされたので、27日までに起訴しなければ、私を釈放しなければならない。
検察としては、あまり悠長に構えていられなくなったのだろう。事件全体の取調べに関する供述調書の作成を、今日一日で終わらせようとしていた。

私の性格を気遣ってか、O弁護士は口の利き方や態度に注意するように言っていたので、細かいことはできるだけ逆らわないよう留意した。が、事件の核心部分については、事実を曲げることはしなかった。
検察官の性格が性格だけに、事実を貫くことも大変だが、たとえどんな拷問を受けても、事件の核心部分をねじ曲られることは私の性格が許さなかった。

当初、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)や河地隆雄財務事務官(特別国税調査官)らの供述内容が全くわからなかったが、警察や検察の取調べを通じて、断片的ながら徐々にそれがわかっていった。

竹山、河地両財務事務官は、二人で口裏を合わせて虚偽の事実を作っていた。
1月23日の調査結果の説明の際、応接室で向かい合って話していると、機嫌を損ねた私が、
「お前らは、いい加減だ」
と言って、ソファーに座ったまま、いきなり持っていたカメラでバシャバシャと両名の写真を撮りだした。
二人で制止すると、一旦は撮影をやめたが、また写真を取り出したので、竹山財務事務官は、写真の撮影をさけるため、席を立って応接ソファーの東横まで移動した。移動したのは写真撮影を避けるためで、撮影をやめればまた元の席に戻って調査結果の説明をするつもりだった。
その後、私が怒鳴りまくり、携帯電話の番号の件でもめると、怒号しながら4本ないし6本のカセットテープを竹山財務事務官目がけて投げつけてきた。そして、カセットテープを投げつけると同時に、殴りかかろうとしてつかつかと竹山財務官に突進して行った、というものである。

検事調べでは、両財務事務官の供述との違いを厳しく追求してきたが、彼らが嘘を言っているので、正しく訂正して供述し、事実をありのまま調書に記載させた。事件の核心以外の細部では、あまり反論しなかったので、ところどころ事実と違っている部分もあったがたいしたことではなく、概ね満足のいく調書になったと思った。

ただ、竹山財務事務官が、応接室から玄関に通ずる事務室の方へ出て行ったときの姿勢の説明に、一つ問題があったのである。
応接室から出て行くときの姿勢など、本件の被疑事件に関しては大して重要なことではない。そう思って私は何の注意も払わなかった。
小池検事が、
「竹山財務事務官は、半身の姿勢で出て行ったのだな」
と、半身の表現にひどくこだわっていたが、私にはこの半身の意味がよくわからなかった。
どうでもいいことに思えたし、長時間の取調べで疲れてもいた。
私は、注意も払わず、小池検事の言うままにその表現で供述調書に記載させたが、実はこの半身の表現が、彼ら国家権力が仕組んだ本件事件の要だったのである。
その時は、そんなことには全く気付きもしなかった。それがわかったのは、後日のことである。

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冤罪の土壌3

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まことに、ひどい話である。
検事調べの時に、供述調書は警察に強要されて無理やり作成されたと訴えればよいではないか。
私がそう勧めても、
「どうでもいいんよ。何にもないけん」
と、U氏は言う。
すべてを失って、自暴自棄になっているようであった。
身の回り品の手配などで、借りを作った精神的な負い目もあるのだろう。拘禁されると、些細なこと、当たり前のことでも異様に過敏に反応する精神状態に陥ることは、私もいやというほど味わっていた。
それでも、警察に対しては、強い恨みを抱いていた。

「出たら、刺してやる」
と、物騒なことも言っていた。
そんなことをしなくても、検事調べのときに供述を翻すか、それができなければ、裁判で供述を一転させればよいではないか。警察に都合のいい供述調書を作成された経緯を暴露するだけでも、出世主義で人間性の欠落したその警部補に対する十分な報復になるはずである。
「どうでもいいんよ。何にもないけん」
なにか言っても、U氏は口癖のように、その言葉を繰り返すだけだった。

冤罪を生む要素は、ほかにも多い。
供述調書の作成の仕方も、そうである。作成方法は警察でも検察でも全く同じであるが、問題点は次のとおりだ。
①供述調書に作成年月日を明記しないこと
②文中の供述内容の訂正印やページ間の割印は、作成者である警察や検察しか押印せず、被疑者には捺印(指印)させないこと

なぜ、これらが問題かというと、供述調書が警察等によって勝手に偽造、変造して下さい、と言っているようなものだからである。

供述調書は、供述の最後に被疑者に署名させた上、指印で押捺させるが、その次には、
「以上のとおり録取して読み聞かせたところ誤りのない旨申し立て署名指印した」という文言を入れ、次いで「前同日」と書くだけで作成日付を全く明示せず、その後に当該供述調書の作成者である警察官や検察官が署名捺印して終わりなのである。

なるほど、供述調書の最初のページには「上記の者に対する○○○被疑事件につき、平成○年○月○日愛知県中警察署において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した」として、取調べの年月日が入っては、いる。
しかし、訂正箇所もページ間の割印も被疑者には捺印(指印)させないのであるから、被疑者が署名指印した最後のページだけ残して、後はバソコンでどのようにでも作り変えれるのである。

割印や訂正印は、本来、一部の者によって内容が勝手に偽造、変造されないよう、その文書の作成にかかわった者全員で捺印するものである。
陳述書や上申書などのように作成にかかわった者が一人だけであれば、その作成者一人が捺印すれば済むが、供述調書は、そうではない。
供述調書は、被疑者の供述を、供述どおり間違いなく文書にするという性格のものであり、本来被疑者自らが作成すべきものを、便宜上取調官に作成させているだけである。
取調べの担当者はただの代筆者であり、調書の内容を供述の本人である被疑者に無断で訂正したり変造したりする権限はない。権限はないにもかかわらず、偽造変造を防止するための割印等が代筆者たる取調官だけで、肝心の供述の本人である被疑者には捺印させないというのは、いかにも矛盾した話である。

作成者は警察官や検察官だから、割印や訂正印も警察官や検察官のみが押印すべきものだという屁理屈は、一般社会では通用しないが、閉鎖された特殊の取調室という社会では、それが常識として通っているのである。

検察庁の研修を受けていた司法修習生当時の話として、供述調書がうまく変造できるようになったら、一人前の検事だと現職の検事が酒の席で言っていたと、ある弁護士が語っていたが、そのようなことを簡単に行えるシステムが放置されていることは、法治国家として非常に大きな問題ではないだろうか。

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冤罪の土壌2

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U氏は、指名手配されていることを知らなかった。
自転車の無灯火で職務質問を受け、話を聞くだけだという言葉を信じて近くの交番へついて行ったところ、逮捕され、そのまま移送されてしまった。

従って、所持金もわずかしかなく、着替えの衣類等の用意もない。留置場の運動時間に許されている好きなタバコの喫煙も、持ち合わせがないからできなかった。
留置場の生活は、3度の食事や寝具、洗面用具等の必需品は支給してくれるものの、それ以外にも何かと必要となる日用品も多い。
厳寒の2月である。暖房設備のない東警察署の留置場では、厚着をしていないと、とても過ごせない。
私など、夜寝るときでも、ズボンや靴下をはいたまま寝ていたものだが、着の身着のままで移送されてきたU氏には、着替えや防寒用の衣類がなかったのである。
拘禁された以上、日用品等の手配を誰かに頼まなければならないが、頼めるような身内や親しい知人もいなかった。となれば、取調べの担当刑事に頼むしかないのである。

「正直に言うんだな」
担当の警部補は、面倒をみてやるから、正直に話せというのである。
ところが、正直に話せば話すほど、罪状からは遠ざかった。当然である。
「まだ、正直に話しとらんな」
警部補は陰湿だった。
初犯の被疑者にとっては、法律の知識などほとんどない。
金を返さないこと自体が犯罪だ。工事に全く着手していないから、当然詐欺だと認定される。細かいところで否認すると、却って罪が重くなる。悪いことは言わないから、俺の言うとおりにせよ。被害金額からすれば、多分執行猶予がつく。一通りの供述調書ができたら、必需品を取り寄せるようにしてやるからと、タバコを勧めながら言葉巧みに誘導して、都合のよいように罪状を固めてしまったという。

「動機が弱いな」
事件当時、U氏の銀行口座には30万円ほどの残金があったため、当面の生活費にひっ迫して反抗に及んだという供述調書に、一度、検事が異議を唱えた。
だが、疑問点を指摘されると、その警部補は、また、もっともらしく供述調書を作り変えてしまったという。
次の検事調べのときなどは、U氏に供述を翻されないようにすぐ後ろで厳しく監視し、休憩時間の合間には、
「こう質問されたら、こう言うんだぞ」
と、細かく指示をする念の入れようだったという。

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冤罪の土壌1

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警察や検察の取調べは、冤罪を生みやすいようにできている。

同房のU氏も冤罪だ。
彼はもともとは九州の出身だが、名古屋で暮らすようになってから、すでに20数年経過していた。
市内で小さな会社を作って工務店を経営していたが、数年前に体調を崩し、医者にみてもらうと、B型肝炎と診断され、あと5~6年の命だと言われた。前途を悲観し、生活がすさんだ。
やがて、事業が破綻して妻と離婚し、子供たちとも別れてから、関東で一人孤独な生活を送っていたところ、警察に逮捕され、名古屋の北警察署に移送されてきたのだった。
彼は当初、なぜ逮捕されたか、わからなかったと言う。

被疑事件は、工務店を経営していて事業が行き詰まりつつあった当時のこと。
市内のある有力者から建物改装業務を受注し、300万円近い前受金をもらったが、すでに自転車操業に陥っていた彼は、その前受金の大半を他の返済に当て、わずかな残金を本件工事に着手するため、仕事を委託する下請業者に支払った。
その下請け業者が破綻し、受注した工事が施工できなくなり、彼の会社も、そのあおりを受けて倒産した。
業務を発注したその有力者は、前受金の回収が不能になったため、親しくしていた北警察署の署長を通じて彼を詐欺罪で訴えたというものである。

建築業界ではよくある話である。民事上の債務不履行の問題であって、刑事事件ではない。その有力者がU氏に工事を発注したのは初めてではなかったというし、だましてお金を取ったわけではない。詐欺罪など成立する余地はないというべきだろう。 

彼の取調べを担当したのは、30代前半の若い警部補で、今年警部の昇任試験を受けるという刑事であった。出世欲が強いことは、ノンキャリアながら20代後半で、すでに警部補になっていた事実が証明していた。
以前、「事件の真相を究明するというものではなく、自分の出世のためだけに、半ばだましのような手口で都合のよい供述を引き出させる警察官もいる」と、述べたことがあったが、それはU氏の取調べを担当したこの刑事のことである。

若い警部補は、警察官の誇りよりも警部の昇任試験を大切にしていた。試験に合格して警部に昇任するためには、仕事上のミスも許されない。
所属する署の署長を通じて被疑事件に取り上げられたU氏の事件を、検察の段階で不起訴にされてしまうような不手際だけは避けねばならない。一旦逮捕した被疑者が不起訴になれば、不当逮捕の印象を世間に与えてしまうことになりかねないからである。

日本の場合、自白を取り、もっともらしい証拠をつけて起訴に持ち込めば、裁判でひっくり返るようなことなどまずありえない。
警察が何が何でも自白に追い込もうとする背景には、こうした事情があった。

  

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自省の念

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2月20日、いつものようにO弁護士が面会に来た。
前日申し立てをした準抗告の棄却の報告である。

棄却はされたが、棄却理由の中に注目すべき事項があった、とO弁護士は言った。
それは、
「本件の起訴不起訴を決定するにあたっては、被疑者、被害者及びその関係者の取調べが不可欠であるところ、これまで被害者や関係者の取調べが行われてきたものの、これらの者についていまだ細部にわたる検察官調書の作成に至っていない状況にある」       
という部分である。
この「起訴不起訴を決定するにあたっては」という文言は、めったに見られるものではない。今までの状況からすると、こんなのは起訴するような事件ではなく、不起訴事案だよと裁判所が判断して、検察に暗に起訴しないよう勧告している表現だ、というのである。
「もちろん、100%ではないが、8:2か7:3ぐらいの確率で不起訴だと思う」
と、O弁護士は言った。
「そうですか!」
その言葉を聞いて、私は一瞬喜んだ。声が弾んでいたかも知れない。
しかし反面、その言葉に心底喜べないわだかまりもあった。

それは、前日に行われた検事調べの雰囲気にあった。
担当検事は、小池光夫という検察官だった。ヘビのような目をした検事で、およそ笑ったことなどないという非情な雰囲気を持つ年配のベテラン検事だ。
その検事調べが、尋常ではなかった。

まず、税務職員の不正について中税務署長や国税庁長官らに抗議の誓願をしていた件については、税金の支払いを免れるためにしたのではないか、と激しく攻めたててくる。
書面で平穏に抗議して、税金の支払いが免れたなどという話は聞いたことがない。そんなことなら、納税者はだれでも抗議するではないか。
そんな理屈を少しでも言おうものなら、声を荒げ、真っ赤な顔をして抑え込んでくる。
「世間でも、社長を出せとか、支店長を出せとかいうような者にろくな者はいない。そういうことを言う者は、悪巧みを持つ人間だ!変な魂胆があったんだろう!」
私は税務署へ行って、署長を出せと怒鳴ったわけではない。竹山財務事務官(特別国税調査官)が正しく説明しないので、電話や書面で同席を求めただけである。

「カセットテープはパーティションに投げた?税務職員に投げたんじゃないのか!二人ともそう言っとるじゃないか!」
それは違う。
当たった場所を写した写真も持参していると、いくら真実を訴えても、耳を貸そうとはしなかった。
「仮に、パーティションに投げたのが事実だったとしても、それは相手に脅威を与えて公務を妨害するためにやったんじゃないのか!」
「公務の妨害?」
相手がうそばかりついて、説明業務を放棄したことに確かに腹はたてたが、事件にならないよう、その怒りの爆発を抑えるために行ってしまった行為である。大人気ない行為ではあるが、犯罪に問われるような行為ではない。
それに、そのとき竹山財務官は、脅威など全く感じておらず、怒った口調で言い返してきたのだ。
そのように説明しようとすると、話を最後まで聞かずに途中で、
「目の前で物を投げれば、脅威を感じるに決まっているじゃないか!」
と、また怒鳴りつけてくるのである。

「私には公務を妨害するメリットなんか、何もありませんよ」
竹山財務官は、何ら調査結果の説明をしようともせずに、更正処分を目論んでいた。正しい調査結果の説明を求めていたのは私の方であり、それを避けようとしていたのが竹山財務官である。
事件になっている1月23日の税務調査も、説明のためだけに来たのである。私が聞きたかった説明を暴力で排斥すれば、更正処分をされた上、何らかの刑事罰を受けることぐらい当然にわかっていた。
だからこそ、散々うそをつかれ、つぼまで割られて否認のうえ逃走されても、殴りつけたい感情を抑え、相手には指一本触れずに写真を撮っていたのである。
そのように説明しようとしても、話し自体まともに聞こうとはしなかった。
「メリットがないから犯罪をしない?世の中は、メリットにならないのに犯罪を犯す人間の方が多いんだ!」
と、大声を張り上げて、自説を押しつけてくるのである。

私は、閉口した。
何を言っても無駄である。事実を詳しく調べて罪状を決めるというのではなく、最初に罪状を決めつけて、それに合うように事実を作り上げていくというやり方なのである。

もう、どうなってもいいから、目の前の机をひっくり返し、この傲慢な検事を殴りつけたいような衝動にもかられた。
と同時に、自分も今まで、立場の弱い子供たちに、父親づらして一方的に意見を押しつけるだけの傲慢な態度をとってはいなかっただろうか、という思いも去来した。
これからは、まず、言いたいだけ言わせてしっかり話しを聞いてやらねばならない。
そんな自省の念を、小池検事は与えてくれた。

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勾留延長

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2月18日、10日間の勾留期間が切れることに伴って、O弁護士から、事前に勾留期間の延長請求に対する意見書が提出された。
が、名古屋地方裁判所の渡辺諭裁判官は、被疑者取調未了、関係人取調未了を理由として、9日間の勾留延長を認めた。
法定最長勾留期間の10日より、1日少ない日数である。被疑者側の事情も考慮したという配慮かも知れないが、こういうしみったれたところに、事なかれ主義の染み込んだ公務員の保守性が現れていた。

翌19日、O弁護士から勾留延長の裁判の取り消しを求める準抗告の申し立てがなされた。
申立理由の要旨は次のとおりである。
被疑者取調未了、関係人取調未了の事実が仮にあっても、それは司法警察員の職務怠慢によるものである。事実を事実として認めている被疑者に、不利益となる形で勾留延長を認めるべきではなく、犯罪捜査の原則に還って任意捜査とすべきである。

事実は、税務調査にあたって嘘ばかりつき、説明業務を途中で放棄して勝手に帰ろうとした中税務署員の倣岸な態度から口論になり、カセットテープをぶつけることで怒りを静めようとした被疑者の行為が、歪曲されて事件が構成されているものである。
被疑者がカセットテープを当てた場所は、被疑者の領域内のパーティーションである。被疑者が座っていた一人用のソファーの横であり、河地税務官が竹山税務官と座っていた3人用ソファーの方ではない。

以上の経過は、写真や現場を見たうえで、関係者から供述を取れば容易に明らかになるものであり、被疑者は当時の現場の状況が明らかとなる写真やそのネガフイルムも持参して中警察署に出頭している。

ところが、捜査を担当する司法警察員は、全く効率的に事件を処理しようとしなかった。
2月10日、2月12日、2月16日、2月17日の4日間の取調べにおいて供述調書2通を作成するまでの時間は、延べ4時間15分に過ぎない。
これは、接見禁止付の拘留期間10日間を有効に利用したとはとてもいえない。逆に、期間内に必要な捜査をしないで漫然と延長を請求していると評価できる。
被疑者は接見禁止による勾留により全く仕事ができず、本件事件終了後の生活に不安を抱くに至っている。被疑者をことさらに追い詰める勾留延長決定はすべきでない。

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同日、本件準抗告を棄却する、という決定がなされた。
平成16年(む)1352号 決定
下記3名の裁判官による合議である。
平成16年2月19日
名古屋地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 片山俊雄
裁判官 岩井隆義
裁判官 小松秀大

理由を記した別紙は次のとおりである。
一件記録を検討すると、被疑者が税務署職員らに対し暴行を加えた事実はないなどと被疑事実を否認している上、犯行に至った経緯についても被疑者と被害者らの供述には食い違いがある。
そこで、本件の起訴不起訴を決定するにあたっては、被疑者、被害者及びその関係者の取調べが不可欠であるところ、これまで被害者や関係者の取調べが行われてきたものの、これらの者についていまだ細部にわたる検察官調書の作成に至っていない状況にある。       
かかる事情に照らせば、9日間延長してさらなる捜査を進めることはやむを得ない事由があると認められる。
なお、一件記録から認められる捜査状況に鑑みれば、弁護人が主張するような捜査官の怠慢等があったとは認められない。
よって、原裁判に違法、不当の点はなく、本件準抗告には理由がないから、これを棄却する、というものであった。

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取調べ3

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房を出て留置担当官の休憩場の壁に掛かっている時計を見た。7時を指していた。遅い取調べである。

山本刑事は、いつも若い伊藤昌弘という巡査を伴ってくる。
この日は、竹山財務事務官(特別国税調査官)らの税務調査に関する部分についての供述調書が作成されたが、その作成に、就寝間際までかかってしまった。昼間時間をもてあましているのだから、もっと早く取調べにくればよさそうなものなのに。

私は先日話したつぼ破損の件を持ち出した。
すると、山本刑事は、
「それは、器物損壊罪にはならないんじゃないの」
と言ってきた。
「持ち上げて投げつけたり、手で払い落としたりしたものじゃない。出て行くとき、肩に触れて割れたらしいが」
故意ではなく、過失だと言うのである。過失では刑法上の器物損壊罪は成立しない。
12日に私から話を聞き、竹山財務事務官らに事情を訊いたのだろう。
故意でなければ、つぼ代金の賠償は民事訴訟で求めるしかない。もちろん、警察がそんなことをわざわざ言うことはなかったが。

本事件で警察に出頭する前に、私は、国税庁長官らに送りつけたつぼ破損の現場写真や請願書、並びに郵便物配達証明書等のコピーをO弁護士に渡してきた。
と同時に、つぼ破損の現場写真を、ネガフイルムとともに持参して警察に出頭したのである。

O弁護士は、私が警察に出頭するとともに、それらを裁判所と検察庁に送っている。その時点ですでに事件がでっち上げられてしまっていたが、逮捕による取調べで、冤罪事件が固められてしまうのを恐れたからである。
それと、警察が逮捕状を持って逮捕しに来た時点では、まだ罪状がはっきりしなかっただけでなく、権力の介入がどこまで及んでいるかわからなかった。

警察は権力や時の実力者に容易になびくが、検察は必ずしもそうではない。検察官独立の原則というものが確立されており、他省庁や政治家の介入に簡単に迎合するものでもないから、警察と連動して動くかどうか、わからなかったのである。
警察と検察の連動がなければ、逮捕後の取調べで真実が立証されれば大事には至らない。そのために打った先手手段だった。

警察は竹山財務事務官がつぼを割ったことを知らなかったし、竹山財務事務官もその事実を述べていなかったことがはっきりした。
私が持参したつぼ破損の現場写真は調べようともしなかったが、O弁護士が検察に送っているはずのつぼ破損の現場写真も、警察は見ていないのだろうか。

《つぼ破損の現場写真》 画像をクリックすると大きくなります

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《請願書等の配達証明書》 画像をクリックすると大きくなります

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取調べ2

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2月12日の取調べ。
逮捕当日と翌日は身上に関するくだらない質問事項で供述調書が作成されたが、その日以来の取調べによる供述調書の作成となった。
その際私は、取調べを担当する山本刑事に、竹山財務事務官が私のつぼを割ったので、器物損壊罪で告訴したいと訴えた。

「つぼを割った?」
山本刑事は、全くはじめて聞く事実だったとみえ、やや驚いて尋ねてきた。
私はつぼが割れた経緯を説明したが、その前後の話は聞こうともせず、割った瞬間だけに関心を示した。
「どういうふうに割ったかが問題だ」
つぼを両手で持って床に投げたのか、手で払って台から落として割ったのか。
山本刑事はそうつぶやきながらも、その事実を疑っているようでもあった。私が更に詳細に説明しようとしても、
「そんなことは訊いてない」
と、話を遮るだけだった。

それから3日間、何の取調べもなかった。
むろん取調べなど楽しいものではないから、ない方がよさそうなものだが、取調べがないと一日中缶詰状態で時間がおそろしく長く感じられ、精神的に、より大きな苦痛を覚える。取調べは、ある意味勾留生活の気晴らしのようなものであり、なくても困る存在だった。

2月16日になった。
取調べもないので、留置場備付けの推理小説や歴史小説を読んで退屈を凌いでいたが、気分が乗らないときは、好きな小説でも集中できない。読書も、どんな本を読むかではなく、どんな環境で読むかの方が大事だということを、初めて知った。

夕食になった。
やっと6時か。時計が見られないため、時刻は3度の食事で判断するしかない。
楽しみがないから、食事時間だけが待ち遠しくなる。食べることそれ自体より、時間が経過した証が得られることが、うれしいのかも知れない。

私の場合は、弁護士のO氏が毎日面会に来てくれたので、精神的にはかなり助かっていた。その後も、検事調べなどで行き違いになった日を除いて、一日の例外もなく、面会は続けられたのである。

夕食が終わると、各自が順番に房内に布団を入れる。布団を入れてから就寝の9時の消灯までは、比較的時間が短く感じられる。
「あーあ、今日も終わったね」
布団を入れ終わると、U氏がつぶやいた。

布団に入ってしばらく読書にふけっていたら、ガチャリと鈍い音がした。扉のカギを開錠する音である。
「○○、取調べだ」
留置担当官の声だった。

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取調べ1

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警察の取調べは、遅々として進まなかった。
被疑者が黙秘しておれば取調べは進まないだろうが、私の場合は黙秘はせず積極的に話そうとしているのに、先へ進まないのである。
だいたい取調べ自体がなかった。同部屋のU氏や他の被疑者は一日2~3回取調べで部屋を出て行くが、私の場合は取調べがない日の方が多かった。
「今日も取調べ、なかったねえ」
U氏に、よくそう言われた。

取調べは屈辱である。
権力を背景とする立場の強い者が複数で、拘禁状態に置かれ先行きに不安を抱える精神状態の、立場の弱い一人の人間を取り調べるのである。
その優位な立場を利用して、まるで日頃の警察業務のストレスを、取調べの場ですべて発散しているような激しい言動でのぞむ警察官がいる。あるいは、事件の真相を究明するというものではなく、自分の出世のためだけに、半ばだましのような手口で都合のよい供述を引き出させる警察官もいる。
拘禁されている被疑者など人間扱いしていたら、仕事が円滑に進まないからかもしれないが、社会正義を標榜する本来の姿勢には、ほど遠いものがあった。取調べに名を借りた、体のいいいじめが、いわば日常的に行われているというのが取調室の実態だ。

私の担当刑事は、山本晋という巡査部長だった。
30代の前半だろう。頭を短髪に刈り上げ、ヤクザ者のはく派手なズボンに黒っぽいジャンバー姿といういでたちが多かった。肩をゆすって歩く癖がある。年が若いせいか、ヤクザ者やチンピラ達になめられまいとして、かなり背伸びしている感じを受ける。
意識してのことかどうかわからないが、対峙して人を見るとき、首を振ってあごを突き出し、下からなめるような目で見てくるのである。
「うそを言っとるな!おら、おら、ほんとのこと言えよ」
と、態度で訴えているようなしぐさだった。
うそのかぎりをつくすたちの悪い被疑者と毎日のように接していると、自然にそのような習癖が身につくのかもしれない。

山本刑事に会ったとき、人相が悪いな、と最初思った。私も人相はよくないので人のことは言えないが、刑事課の警察官は、ヤクザか警察かよくわからないような者が多い。

取調べに入ったとき、最初に、言いたくないことは言わなくてもよい、と黙秘権があることを一応伝えてはくるが、法律に規定があるから形式上告げるだけで、その後は、言いたくないことほど無理やり言わせるのが取り調べの本来の姿である。

逮捕の当日など、まことにくだらない質問ばかりだった。
本人の名前や住所の質問は当然だろうが、妻や母親の年齢、国籍、子供の年齢や通っている学校などをねちねち聞いてくるのである。
自分以外の家族のことを根掘り葉掘り質問されると、気味が悪くなる。本事件に、何の関係があるのだ。特に妻や娘のことをしつこく聞かれると、何か下心でもあるのではないか、と疑いたくなる。

私自身のことについても、ろくな質問はなかった。
性格はどんな性格だ、怒りっぽい方か、おっとりしている方か。友達はどんなような友達だ、友達の人数は多いか少ないか。人には好かれているか。収入や財産はどれだけだ。趣味は何だ。嗜好品は。怪我はあるか。病気はしたか。休みの日は何をしている、といった調子である。
私が話したい肝心の事件のことは、全く質問しないのである。

だいたい、自分の性格を言えと言われても、一言で言えるようなものではない。気が長いか短いかと質問されても、はっきり分類できないのだ。
その日の気分によって怒りっぽくなったり、悠長にふるまったりするのが、大多数の人間である。理性的な面と感情的な面を併せ持ち、真面目な部分と不真面目な部分が交錯して、時と場所によりそれらが異なって顕在化するのが普通の人間である。短気な性格だとか、真面目な性格だとかいうように、一言で性格を表現できるような人間などあまりいないのだ。

私は、こんな質問に、いちいち真剣に答えるのがばかばかしくなった。
しかも、環境の急激な変化で疲れてもいた。
「もう、言いたくないですわ」
と私は質問を遮った。
すると山本刑事は、上体を後ろに反らし、非常におおげさに驚いたふりをして、
「こういう身上のことで正直に話してくれんかった者は、いままでおらんかったなあ」
と、あごを突き出し、なめるような横目使いで私の方を見ながら言った。

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勾留

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逮捕は逃亡および罪証隠滅の恐れがある場合に行われるので、それらの恐れがなければ本来は被疑者を逮捕する必要はない。その場合は任意調べの後に、訴追相当と考えられれば書類送検されるべきものであるが、わが国では見せしめを狙った逮捕や、権力に逆らう人物を弾圧目的で逮捕する例が多い。

そもそも本件は、逮捕容疑となった被疑事件に対する嫌疑そのものがなく、被疑者に逃亡や罪障隠滅の恐れもないから、逮捕自体が違法である。
違法ではあるが、逮捕自体を争う規定は現行刑事訴訟法上には存在しないので、48時間の逮捕の拘束時間が失効する間際に行われる検察官の勾留請求を争うしか方法はなかった。
勾留請求に対する意見書を裁判所に提出したのも、予め被疑者側の事情を訴え、検察主導の偏った情報で安易に勾留を認める裁判を、けん制する意味合いからである。

だが、勾留の裁判は、実にいいかげんなものであった。
一応、被疑者の意見陳述の機会は与えられるものの、全くの形式だけで、とても陳述した意見を誠実に聞いて判断するというしろものではない。

私を担当した高橋信幸という裁判官は、30歳前後の非常に若い裁判官であった。
逮捕容疑となった事件につき、税務職員に殴りかかってもいないし、殴りつけるそぶりもしていない。カセットテープは税務職員に対してではなく、全く方向の違うところに投げたのだ。私はそう訴えた。
高橋信幸裁判官は、わかった、わかったと頷き、傍らの書記官に、
「カセットテープは、相手に絶対に当たらない場所に投げたと記録してあげておいて」
と、私の言い分を真剣に聞いているように言ったものの、その言葉と引き換えに書記官が、勾留を認め接見禁止の決定を記した書面を私に手渡すというあきれた結末であった。
予め決定の書類が出来上がっていたのである。陳述の機会は、ただ与えたという形式だけを整えたもので、何の意味もなかった。
専門家たる法曹の威厳と信念など、まるで持ち合わせていない軽々しい態度であった。

私は失望した。
もともと、勾留は認められてしまうとは思っていたが、本事件で最初に出会った裁判官がこれでは先が思いやられた。

翌日、勾留を認める裁判に対して、O弁護士から準抗告の申し立てがなされた。勾留の裁判を取り消し、検察官の勾留請求を却下する決定を求めたのである。

しかし、同日、準抗告は棄却された。
竹山、河地両財務事務官の供述調書をはじめとする一件記録によれば、被疑者が本件被疑事実にかかる罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がある。
一方、被疑者は暴行の事実はなく、公務の執行を妨害する意思もなかったと否認しているが、本件に至る経緯や犯行時の状況については、まだ詳細な供述をするに至っていない。
また、一件記録によれば、被疑者の作成した文書等の内容に沿って弁護人が主張する事情と、両財務事務官の供述内容等との間には相当の食い違いがあり、本件の適正な処理に当たっては、被疑事実だけでなく、被疑者に対する調査の経緯等の十分な解明が不可欠である。
これらの点の立証については、供述証拠に頼るところの大きい事案であるから、被疑者が関係者に働きかけ、被疑事実や情状事実につき罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められるし、勾留の必要性を否定すべき特段の事情もない。
以上の理由により、本件準抗告を棄却するというものであった。

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検察官の勾留請求に対する意見書

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2月7日の逮捕時から、O弁護士の弁護活動が迅速に開始された。
まず、留置期限が2月9日で切れることに伴い、名古屋地方裁判所へ勾留請求に対する意見書が提出された。

本件事件の被疑者に対する嫌疑はなく、被疑者に逃亡や罪障隠滅の恐れもないので留置の必要はなく、勾留請求は却下すべきである、という意見趣旨である。

意見理由は、名古屋中税務署の現場職員と親交関係のある中警察署の司法警察員が職権を濫用して被疑者を逮捕した可能性があるので、その逮捕を容認する勾留請求は却下すべきである、というものであり、以下の理由が述べられていた。
被疑者は不動産鑑定士であり、個人で不動産鑑定事務所を営んでいる。被疑者の住所は明らかであり、現住所において妻子と同居しており、逃亡の恐れは全くない。
また、本件の被害者と考えられる者は、国家権力を背景としている名古屋中税務署の職員であり、当該職員の職務執行中の行為が被疑事実と結びついて問題とされているので、罪証隠滅の恐れもない。
被疑者は中税務署の職員らの不正、犯罪行為等を指摘し請願していたが、監督機関は監督権を適正に行使していなかった。
平成16年1月23日には、名古屋中税務署の竹山孝職員が被疑者の事務所でつぼを割って逃走したため、請願は言葉上激しくなったが、監督機関は被疑者の請願を黙殺し、しかるべき対応を全くとらなかった。
被疑者はやむなく、司法救済を得るため同年2月2日に国家賠償請求訴訟を提起した。こうした被疑者の対応に危機感を抱いた名古屋中税務署の職員は、何らかの理由による被害届けを提出し、今回の逮捕に至ったと考えられる。
よって、今回の被疑者の逮捕は、被疑者の請願権及び裁判を受ける権利を、力によってけん制しようとするものであり、決して許されるものではない、と。

更に2月9日には勾留請求に対する意見補充書も提出された。
2月8日の面会時に、事件の事実関係の供述をしているのに、供述調書を全く作成しようとしない取調べ状況を私から聞いての対応だった。

司法警察員の作成調書に、被疑者に有利な事情が記載されていない恐れがあるので、以下のとおり意見書を補充する。
被疑者の逮捕場所は中警察署であり、自ら出頭したものである。被疑者に逃げ隠れする意思はなく、逃亡の恐れはない。
司法警察員は2月7日に被疑者の事務所から証拠物の収集を終了しており、証拠隠滅の恐れもない。
被疑者は事実関係については、記憶に従った供述をすべてしており、被疑者の供述調書が作成されていないのであれば、それは、裁判官の勾留決定を得るため、あえて供述証書を作成しなかったものである、というものである。

税務調査に来た名古屋中税務署の竹山孝財務事務官にカセットテープを投げつけ、殴りかかろうとして職務の執行を妨害したという、逮捕容疑そのものを当初から全面的に否認し、徹底抗戦の構えを見せた。

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留置

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平成16年2月7日、公務執行妨害罪の容疑で逮捕状が執行され、私は留置された。

名古屋簡易裁判所に損害賠償請求訴訟を提起したのは2月2日であるが、その訴状のコピーが寺沢辰麿国税庁長官や竹田正樹名古屋国税局長らに配達されたのは、翌2月3日である。
警察が私を逮捕しに来たのは2月5日であるから、実に2日しか経っていない。今まで抗議の請願書等を何度送ってもただの一度も反応を見せなかったのが、今回は驚くほど反応が早かった。
ついに、権力が牙を剥いてきたのだ。それは裏を返せば、彼らもそれだけ追い詰められ、あせりを覚えた証拠でもあると言えよう。

当日は、身体検査や身上調査だけで取調べは終わった。事件に関する取調べは明日以降のようだ。

その日、中警察署の留置場は定員いっぱいで新しい被疑者を収容できないため、私は取調べの後、東警察署に移送され、そこの留置場に預かりという身分で収容された。

近年、犯罪が急増したため、どこの警察署の留置場も定員オーバーの状態で、被疑者を方々の警察署の留置場に手分けして収容している。各房へ収容する人数も、一人房の部屋に二人、二人房の部屋には三~四人ずつ詰め込んでいる状態だ。
警察署の留置場だけでなく、拘置所や刑務所も常に定員オーパーの状態で、起訴されても先が詰まっている関係から、拘置所に移送されずにそのまま代用監獄として留置場に据え置かれる場合が多い。東警察署にも、起訴後もそのまま3~4ヶ月留置されている被告人が数人いた。

私が収容された部屋は一人房であるが、先にU氏が収容されていた。U氏も北警察署からの預かりである。見た目は私より5つほど年上に見えたが、実際の年齢は私より5つほど下だった。彼もそう思ったらしい。私が若く見えるせいもあるが、彼が老けて見えるせいもあるのかもしれない。

3時頃、さっそく弁護士のO氏が面会に来た。
身柄を拘束されると、先行きの不安から、やたら人に会いたくなる。手足をもぎ取られ、自分では何もできなくなった弱気な気持ちが、依存心を強くさせるのだろう。特に、起訴されるまでは、ほとんど例外なく接近禁止になっているから、弁護士以外面会はできない。
周りがすべて敵という状態に置かれるから、接点を持てる唯一の味方は弁護士だけである。ひと時の気休めでも、外界の空気に触れ、自分の意見を聞いてもらえる弁護士の面会は、実にありがたかった。

無味乾燥なコンクリートの壁に囲まれた薄暗い留置場での生活は、気が遠くなるほど時間が長く感じられた。
何日持つ。自問してみた。初日から弱気の虫が出てくるようでは、先が思いやられる。
ええーい!
いろんなことがあったような気がしたが、今日は何も考えないようにした。疲れもあったせいか、その夜は、深い眠りに陥った。

翌日、同房のU氏が、
「こんなところでよく寝れるけんね、いびきをかいておられて。私なんぞ、ぜんぜん寝れませんわ」
と、言っていた。

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真っ向勝負

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名古屋中税務署に電話をかけると、総務課長席付の加藤という職員が応対した。
署長に取り次ぐことは、一切できないと言う。そこで、辰巳総務課長に電話を回してくれるよう伝えたが、辰巳総務課長も主張中で留守だという。署内勤務がほとんどの総務課長までが主張中だと言うのだ。居留守を使っていることは明らかだった。

私は、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)が当方のつぼを割りながら、謝罪も弁償もせずに逃げ帰った経緯を説明した。そして、責任者と話し合いがしたいから、必ず電話をしてくれるように言付けを頼んだ。
しかし、その日一日待っても、中税務署からは電話がなかった。
予想できたことでもある。今まで、国税庁長官や名古屋中税務署長あてに抗議の請願書を6回も送付したが、ただの1度も返答がなかったからである。

どうしてくれよう。このまま、握りつぶすつもりだろうか。しかし、事実だけは伝えておかなければばならない。

翌日、寺沢辰麿国税庁長官に通告書を送付した。
まず、古賀事件を握りつぶし、法律に基づくいく度かの請願に一切対応しなかった。あまつさえ、不当な税務調査で報復し、つぼを割って謝罪も弁償もしておらず、これらの不正行為に対する抗議をすべて無視するという今までの行状を指摘した。
そして、請願を誠実に処理してもらうため、つぼを割った証拠写真を同封して全国の官公庁に請願書を送付する。次いで、その張本人の竹山財務事務官を器物損壊罪で告訴するとともに、国家賠償法の規定による損害賠償を求め、更に、積極的、消極的に本件事件にかかわった国税庁長官や名古屋中税務署長の責任を厳しく追及する旨を伝えた。

国税庁長官に上記通告書を送付した後、当該通告書のコピーとともに、竹山財務事務官と河地財務事務官の顔が写っている、つぼ破損の現場写真を同封して、関係官庁に片っ端から郵送した。
郵送先は、次のとおりである。
総務大臣 麻生太郎
財務大臣 谷垣禎一
財務副大臣 山本有二
財務副大臣 石井啓一
財務省事務次官 林正和
財務省大臣官房長 藤井秀人
財務省理財局長 牧野次郎
財務省主計局長 細川興一
財務省主税局長 大武健一郎
財務省国際局長 渡辺博史
財務省関税局長 木村幸俊
財務省財務官 溝口善兵衛
東京国税局長 東正和
名古屋国税局長 竹田正樹 

これだけ郵送すれば、何らかの返答があるだろうと思ったが、見事に何の返答もなかったのである。官僚どもは、一体何の仕事をしているのだ。働いていないのか、それとも、都合の悪いことは一糸乱れず完璧に隠しきる徹底した組織の統一が図られているのだろうか。いずれにせよ、不気味な集団である。

一週間経っても何の返答もなかったため、私は、通告どおり名古屋簡易裁判所に、国家賠償法に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。破損したつぼ代5万円に慰謝料15万円を上乗せした訴訟額20万円の控えめな請求である。平成16年2月2日のことだった。

同時に、訴状のコピーを谷垣財務大臣、寺沢辰麿国税庁長官、林正和事務次官、大武健一郎主税局長、竹田正樹名古屋国税局長らに郵送した。

もはや、一歩も後には引けなかった。真っ向勝負である。

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つぼ破損事件:否認逃走2

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「つぼを割っておいて、弁償もせずに逃げるのか!」
私は、持っていたカメラで立ち去ろうとする竹山孝財務事務官(特別国税調査官)を撮影した。
竹山財務事務官の顔や、割れて床の上に固まっているつぼの破片などを写したが、逃げ出すのが早かったため、3枚しか写せなかった。1枚目は、土間の部分で靴と履き替えるときの横顔を写した。2枚目は破損したつぼのかけらのかたまり部分を、3枚目は竹山財務事務官が事務所の扉を開けて外へ出て行こうとする後姿を撮影した。

竹山財務事務官が事務所から立ち去ってしばらくすると、隣の応接室から河地隆雄財務事務官(特別国税調査官)が事務室の方へ歩いてきた。脱いでいたコートを着込み、左手にはカバンを持っていた。
玄関へ向かう手前で、カメラを持って立っていた私と視線が合った。
「竹山がつぼを割ってしまって申し訳ありません」
と、謝罪するかと思ったが、河地財務事務官も謝らなかった。謝らなかったどころか、
「テープなんか投げてはいけませんよ」
と、捨てぜりふを吐いて立ち去ろうとしたのである。
(なんだ、こいつら)
自分たちの非は一切認めようとせず、非はすべてお前にある、というような言い方だ。つぼを割っておきながら、謝罪もせず、人に責任をなすりつけようとする二人の態度に、このときばかりは殴りつけたい衝動にかられた。

私は、すぐに河地財務事務官の顔をカメラで写した。
河地財務事務官も、一言発しただけでそのまま玄関へ向かった。
私は、爆発しそうな感情を抑えながら、悠然と背を向けて帰っていく河地財務事務官を撮影していた。

二人が事務所を立ち去った時、壁にかかっている時計を見た。午後2時25分を指していた。
事務室では妻が机に向かって事務の仕事をしており、つぼが割れてから二人が立ち去るまでの一部始終を見ていた。
妻は、つぼが割れたときの大きな音に驚いて顔を上げ、その現場を見たが、つぼを割った行為より、そのあとの、つぼを割ったことに二人とも全く触れずに、当たり前のように帰って行った異様な光景に、むしろ驚いていた。

これは夢か。まぎれもなく、現実であった。

二人の異常な行動について妻と言葉を交わした後、割れたつぼの破片がかたまっている部分を、角度をかえて6枚撮影し、フイルムを巻いた。
隣の応接室へ行くと、私の座っていた横のソファーの東側に、カセットテープのケースの破片が散らばっていた。テープの当たったパーティーションの中央部に目を近づけて見ると、キズとともにプラスチックケースの細かい破片が一つ突き刺さるようについていた。
その状況を眺めているうちに、河地財務事務官が帰りぎわに吐いた捨て台詞を思い出し、念のためにと、新しくフイルムをカメラに装填し、破片の飛び散っている辺りや、パーティーションのキズのついた部分を計14枚撮影した。

しばらく気持ちを静めた。3時頃になって、興奮していた心がやっと落ち着いてきた。
落ち着きを取り戻した私は、名古屋中税務署に抗議の電話をかけた。

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つぼ破損事件:否認逃走1

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カセットテープをパーティーションに投げつけると、私はその場で立ち上がった。それに呼応するように、向かいのソファーに座っていた河地財務事務官も立ち上がった。
「何が嘘か!携帯電話の番号を教えると、営業妨害になる言うて、教えてもろてないやないか!」
竹山財務事務官は、関西弁なまりのきつい口調で言い返してきた。
「営業妨害?携帯電話の番号を教えることが、なぜ営業妨害になるのだ。いいかげんなことばっかり言うな」
私も言い返した。
電話を頻繁にかけられて営業妨害になるのは、事務所の一般電話の方である。携帯電話の場合は、都合が悪くなれば電源を切っておくとか、バイブにして電話に出ないようにするなど対処方法はいくらでもある。
以前、携帯電話の番号を尋ねられた時、電話番号を教え、同時に、会議中のような場合には、すぐには出られないこともあるからと、わざわざ気を使って連絡が遅れる場合の説明もしているのである。
竹山財務官は番号をメモし、まあ、この電話にかけることは、あんまりないですけどね、と言っていたのだ。それを忘れているのか、知っていてとぼけているのかわからなかったが、反発の仕方が尋常ではなかった。

「だいたい、今日はしっかり説明するという話じゃなかったのか。もともと、説明する気などなかったのだろう。難癖をつけて調査を打ち切り、更正処分する魂胆じゃなかったんか!」
私は、竹山財務事務官を睨みつけて更に追及した。
竹山財務事務官に、困惑するような雰囲気が見られた。
それを見て言葉を休め、傍らの河地財務事務官の方へ一瞬視線を移した。
その一瞬のスキを見計らったように、竹山財務事務官は背を向け、応接室から玄関に通ずる隣(北側)の事務室の方へ立ち去った。

その時である。
「ガッシャーン」
という大きな音が聞こえた。
「何をしたんだ!」
私は反射的にカメラを手に持ち、事務室の方へ駆けつけた。

見ると、玄関の方を向いた竹山財務事務官の足元に、割れたつぼの破片がかたまっていた。その状況から、竹山財務事務官が腹立ち紛れに、玄関付近に飾ってあった装飾用のつぼをたたき割ったものと判断した。
「なぜ、割るんだ」
私は、割れたつぼの破片を指差し、竹山財務事務官に問い詰めた。
すると、竹山財務事務官は、
「私、割ってませんよ」
と、人を小馬鹿にしたような態度で否定した。
否定するなり、そのまま玄関の方へ逃げだしたのである。

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つぼ破損事件:口論4

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「だいたい、古賀職員の件もそうだ。竹山さん、あんたがやらせたんじゃないのか。中川税務署員だと嘘をついて、どんなことをしてくれたんだ」
私は腹が立ち、古賀事件のことも持ち出した。

すると、それまで元の位置に座ったまま、二人のやりとりを黙々とメモしていた河地財務事務官が、突然口を挟んできた。
「それはですね、嘘をついたわけじゃないですよ。古賀は正しい理由があって、中川税務署員を名乗ったのですよ」
それを聞くなり、
「なぜ、あんたがそんなことを知ってるんだ!」
と、私は河地財務事務官を睨みつけて言った。
「こっちは、署長に抗議したのだ。何回抗議しても何の説明もなかったくせに、今更何を言い訳するんだ。正しい理由があったなら、なぜ、今まで言わなかったんだ。古賀職員の件が出たら、こう言えと署長に言われてきたのか」
河地財務事務官は黙った。
「それに、こっちはほかの税務署員を名乗ったことより、ものの1時間程度で7~8回も電話をかけてきて、人の仕事を邪魔したことを問題にしてるんだ」
名古屋中税務署や国税庁の今までの対応ぶりが想起され、私もやや興奮ぎみに反論した。
河地財務事務官は黙ったまま、口を開こうとはしなかった。

私は、竹山財務事務官の方へ視線を戻した。
「署長にしても、総務課長にしても、人の話は全く聞かずに、こそこそ汚いまねばっかりして。このあいだの臨宅通知書でもそうだが、留守を狙って証拠作りをするような汚いまねをするな。そんなに急ぐなら、携帯電話にでも電話すればいいじゃないか」
と一気にまくし立てた。
すると、竹山財務事務官は、
「携帯電話の番号なんか、教えてもらってないじゃないか」
と、人を小馬鹿にしたような態度で否定してきた。
その態度と、またぬけぬけと嘘をついてくる厚かましさに、私は一瞬かっと頭に血がのぼった。
と同時に、私が座っていたソファーの右ひじ掛けの上に置いてあったカセットテープを1本つかんでいた。
それを、竹山財務官に投げつけてやりたい衝動にかられ、手を振りかざしたが、
「うそばっかりつくな!」
と言って、私が座っていた右側(西側)のパーティーションの南角あたりを目がけて、座ったまま投げつけた。竹山財務官の立っていた方向とは、違う方向である。
大人気ない行動ではあったが、こういう状況下で燃え上がった心を静めるには、物に当たるしか方法がなかった。

投げつけたカセットテープは、そのパーティーションの中央に当たり、プラスチックケースが割れてその破片が一人掛け応接ソファーの東端あたりに散らばった。カセットテープの当たったパーティーションは、表面はクロスが張ってあるものの、本体の材質は硬い金属製のため、予想外の割れ方だった。

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つぼ破損事件:口論3

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「今日はしっかり説明していただけるという話でしたが、こんなことでは、またいいかげんな説明しかしてもらえないかもしれませんな」
私は、カセットテープレコーダーから竹山財務事務官との電話の内容を録音したテープを取り出し、新しいカセットテープに入れ替えた。
そして、
「しっかり説明していただくため、今日の説明の内容を録音させていただきますよ。いいですか」
と言って、テープレコーターをセンターテーブルの上に置いた。

すると、竹山財務事務官は、
「説明をテープで録音するなど、普通の状態じゃない。調査を終わりにする!」
と怒ったように言い、カバンとコートを手に持ち、帰ろうとして立ち上がった。
私は慌てた。
「しっかり説明すると言っておきながら、途中で帰るんですか!」
私は咄嗟に、帰ろうとする竹山財務事務官を、座ったまま持ってきたカメラで撮影した。
連続で2回シャッターを押した。デジタルカメラではないから、きれいに写っているかどうか確認できなかったが、1枚目は竹山財務事務官が立ち上がって横を向き、河地財務事務官の方へ移動するところを写しており、2枚目は河地財務事務官の席まで来たとき、席から立ち上がって持っていた書類で自分の顔を隠した河地財務事務官と一緒のところを写した。

竹山財務事務官は、そのまま応接ソファーから離れて行き、隣の事務室との境にある扉を開けて応接室から出て行こうとした。
が、何を思ったのか、向きを変えて一、二歩応接ソファーの方へ戻ってきて、立ち止まった。

「写真を撮るとは何事ですか!写真を返しなさい!」
と、竹山財務事務官は、激しい口調で言った。
「あんたが途中で帰るからじゃないか。説明しないのか!」
私の口調も激しくなった。
「写真を撮ったりして、そんなのは普通の状態じゃあない。調査を打ち切って更正処分を行いますが、いいですか」
「いいかげんな調査をして、嘘ばっかりつくのが普通の状態か。更正処分?やるなら、やってみろ。説明もせんと、職務怠慢じゃないのか!」
私も言葉を返した。
「いいかげんな調査とは何事ですか!私がどんな嘘をついたと言うんですか」

何を白々しくぬかすのだ、と私は思った。
署長同席のもとで説明することに同意しながら、約束をほごにし、しかも同意したこと自体否定しているではないか。当初の調査結果の説明では、詳しく調べていたら時間がなくなるとか、よくわからないから課税するとか言っておきながら、後になってそんなことは言っていないなどと否定しているではないか。現に今も、しっかり説明すると言いながら、難癖をつけて説明していないではないか。
これらを嘘と言わずに何と言うのだ。
今まで、都合が悪くなると、そのつど平気で嘘をついてきて、私がどんな嘘をついたのだ、とはよく言えたものだ。

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つぼ破損事件:口論2

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「ぜんぜん変わってないじゃないですか。また、嘘ばっかりつくんですか」
私は、先日の電話の内容も持ちだした。
調査結果金額を提示してきた12月12日の説明が、詳しく調べていると時間がかかるから推計したとか、わからないところは全部所得漏れにして課税するなどという、いいかげんな説明だったから、今度は正しく説明してくれるのかと尋ねたところ、竹山財務事務官は、そんなことは言ってないとしらを切ってきた件を持ち出したのである。

「署長同席のもとで説明するなんて言ってないし、わからないところは課税するなんてことも言ってないですよ!」
と、竹山財務官は厳しい口調で言い返してきた。
その後も、言った、言わないの口論が続いたため、
「言ってますよ、聞かせましょうか」
と、私は用意してきたカセットテープレコーダーに、平成15年12月17日の竹山財務事務官との電話の内容を録音したテープを装着し、センターテーブルの上に置いて聞かせた。
「このとおり、言ってるでしょう」
と私が言うと、
「いつ、私が署長同席のもとで説明するなんて言ったんですか。言ってなかったでしょう」
と、竹山財務官は答えた。
「言ってるでしょう」
私は、もう一度、録音したカセットテープを聞かせた。
「署長同席のもとで説明するなんて言ってないし、署長を連れてくるとも言ってないじゃないですか」
竹山財務事務官は、同じことを言った。

(これは、一筋縄ではいかない)
と私は思った。
録音されている内容を聞かされても、平然と否定するのである。
「竹山さんが積極的に署長同席のもとで説明するとは言ってませんが、署長を交えて質問したい、竹山さんが自信をもって調べられたのであれば、その時にしっかり答えていただけばいいですから、という私の話に、わかりました、と答えてたじゃないですか。聞いてたでしょう」

「そんなことは言ってない!」
竹山財務事務官は、ついに怒ったように言った。

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つぼ破損事件:口論1

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平成15年1月23日午後2時頃。
竹山財務事務官と河地財務事務官の両名が、私の事務所にやって来た。事務員でもある妻が応対し、事務所の南側の応接室に案内した。
私は、やりかけの仕事に区切りをつけ、応接室に向かった。
応接室の北側にある三人がけソファーの西側に竹山財務事務官が座り、その東側に河地財務事務官が座っていた。
私は、応接室の南側に一人がけソファーが二つ並べてあるうちの西側のソファーに腰を下ろした。竹山財務事務官の向かい側である。私から向かってその右側に、河地財務事務官が座っていた。
運ばれてきたお茶を飲みながら、時候のあいさつや、ふたことみこと世間話をした後、本題に入った。午後2時10分頃である。
「今日は、お二人だけですか。署長はやはり、お見えにならなかったんですね」
と、私は言った。
「二人だけですよ。署長を連れてくるなんて誰も言ってやしないですよ」
と、竹山財務事務官は答えた。非常に横柄な口のきき方だった。
「誰も言ってないって、竹山さん。以前、総務課長は署長に会わせることを約束しましたよ。竹山さんも、電話で署長同席のもとで説明することに、承諾してくれたじゃないですか」
「私が、いつ署長同席のもとで説明するなんて言ったんですか!」
「確かに、おっしゃいましたよ、竹山さん」
「言ってませんよ」
竹山財務事務官は、頑なに否定した。
「言ったじゃないですか」
私も、言い返した。
「言ってないものは言ってないですよ」
竹山財務事務官も、譲らなかった。

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調査結果の説明4

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平成16年1月18日、再度、寺沢辰麿国税庁長官に対して請願書を送付した。
まず、平成15年12月20日付の請願に対して何ら対応がなされておらず、その後も名古屋中税務署からの嫌がらせが続いていることを指摘した。
そして、前回の請願事項と同様に、名古屋中税務署に対し、公平・適正な税務調査を行うよう厳しく指導することを求め、南博昭署長、竹山孝特別国税調査官、古賀聡明職員の3名の懲戒を求めるとともに、前回の請願に対してどのように対応したか文書での説明を求めた。 
           
むろん、何の返事もない。
今までのいきさつから、何の対応もなされないだろうことは、請願書を出す前からわかっていたことであった。

請願書を出してからそのことに気付き、竹山財務事務官に電話した。仕事の日程をみて、1月23日の金曜日の午後2時に、私の事務所に来て調査結果の説明をしてくれるよう伝えた。                           

その説明に、上司を立会わせることはないだろう。とにかく信用のできない連中だ。まともな説明は期待できないかも知れない。調査の続行ややり直しもしないなどと言っている。
しかし、今まで、修正申告をするかどうかの返事だけを求めていたのが、今は、まがりなりにも、説明すると言っている。いたずらに署長等の上司立会いにこだわって長引かせても、仕事に悪影響を及ぼすだけで、何の得にもならなかった。
その時にまた、いいかげんな説明をするようだったら、カセットテープへの録音を求めて記録を残せばよいではないか。そして、それを証拠に調査のやり直しを求めていけばよいではないか。

こう着状態に陥っていた事態が、打開されるような気がした。

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調査結果の説明3

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翌日、名古屋中税務署の辰巳総務課長にも電話した。
竹山財務事務官は、説明するから時間をとってくれと言っていたが、立会人は自分の部下であり、正しい説明など、とても期待できない。現に昨日の電話でも、嘘をついて事実を認めなかったから、署長か副署長のどちらかを立会人として同席させ、嘘をつかない正しい説明をしてほしい。その結果不備があれば、調査の続行ないしやり直しをしてほしい、と要請した。

だが、辰巳総務課長の回答は、署長は立ち会えない、調査結果の所得税額等は変わることはない、調査の続行もやり直しもしない、しかし、説明だけは竹山にしっかりさせるからという、わけのわからないものであった。
これでは、何の意味もない。説明された調査結果の金額や税額が、こちらの資料と照合して間違っていたことが判明しても、調査の続行ややり直しをしなければ、わざわざ説明を聞く必要などないではないか。

こんな当たり前のことも、辰巳総務課長には、わからないのか。いや、わざと、とぼけているのだろう。
その電話で、再度、竹山財務事務官の税務調査の不当性も訴えたが、辰巳総務課長は、
「竹山は公正で適正な調査を行っているから、もう一度説明を聞いてやって下さい」
と、紙に書かれた文章を読み上げるように言うばかりであった。

ふざけた回答である。
「それは、署長の回答ですか、総務課長個人の回答ですか」
と私は質した。
「組織の回答です!」
辰巳総務課長は、言下に答えた。非常に力強い口調であり、大きな圧迫感が伝わってきた。

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調査結果の説明2

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年が明けた。
平成16年1月15日、事務所の郵便受けに、臨宅通知書と書かれた紙切れが配布チラシやダイレクトメールに混じって入っていた。紙切れ一枚であるから、うっかり捨てるところであった。
その臨宅通知書には、次のように書かれてあった。

「臨宅通知書  平成16年1月15日   ○○○○様    本日、11時20分頃、あなたの所得税調査のためお伺いしましたが、ご不在でした。つきましては、平成15年12月12日に、あなたに説明しました調査所得金額及び調査所得税額並びに消費税、地方消費税の課税標準額及び消費税の調査額について、再度説明いたしますので、1月16日(金)17時までに下記担当者まで連絡ください。   なお、連絡いただけない場合は、文書(更正通知)により、平成12年分、平成13年分及び平成14年分に係る所得税並びに消費税及び地方消費税につきまして、通知いたします。    記   連絡先(担当者)  名古屋中税務署 個人課税部門  特別国税調査官 竹山 電話 962-3131 内線2301」 

臨宅通知書をみて、竹山財務事務官に電話した。
「説明するんですか」
と私が言うと、説明するから、時間をとってくれ、と言う。
「どなたが立ち会うんですか」
「私の部下が立ち会う」
「部下?前回も部下でしたが、まともに説明してくれませんでしたね。詳しく調べてると時間がかかるから推計したとか、わからないところは全部所得漏れにしただとか、そんな説明でしたね」
私が言うと、
「そんなことは、言ってませんよ」
と、竹山財務官は、妙に落ち着いた口調で言った。電話の向こうで人を見下したような態度が窺われた。
「言ってないって!確かにそう言ったじゃないですか、竹山さん」
私は語気を強めた。
「言ってないですよ」
と竹山財務事務官は、今度は不機嫌そうに答えた。

調査金額を提示した昨年12月12日の話のやり取りが録音されていれば、それを目の前に突きつけて聞かせてやりたい気持ちだった。
証拠が出せるものなら出してみろ。竹山財務官には、そういった傲岸不遜な態度が現れていた。

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調査結果の説明1

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平成15年12月20日の国税庁長官への誓願も、黙殺されただけだった。

請願事項については、黙殺されたが、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)からは電話があった。
私が留守だったため、修正の件で返事がほしいから電話をくれ、ということづけが、事務所にあったのである。

修正申告の返事というと、やっかいである。全く何の説明も聞いていないから、修正するとは当然言えないし、かといって、修正しないと言えば、向こうの思う壺である。修正を勧めたのに本人が拒絶したため、やむなく更正決定に踏み切った、という都合のいい理由を与えるからである。

だいたい、やり方が汚かった。
いきなり調査を終わりにすると言って、調査金額を提示された12月12日は、こちらの質問にはまともに答えず、詳しく調べていたら時間がかかるだとか、わからないから課税するだとかいう、人を馬鹿にしたような回答であった。
そんな説明では当然納得できないから、更に細かく質問すると、自分はこれで担当から外れるから、そういうことは次の担当者に言え、と言うのである。そして、その時は、修正申告の話は全くせず、文書で通知する、と断言していた。
文書での通知が更正通知であることは、容易に推察できる。最初から、いきなり更正決定をする意図だったことは、明らかだ。
それが、その後の私の激しい抗議に、いきなり更正決定することに躊躇を覚え、修正申告の慫慂(しょうよう)をしたが拒否されたため、更正決定に踏み切ったという形に持っていこうとしているのであろう。

真摯に対応する気が税務署側にあるのであれば、感情かこじれて信用のなくなった竹山財務官だけに説明させるはずはない。上司に当たる署長か副署長を同席させて、説明させるはずである。
正しい説明をして十分納得させた上で修正申告の慫慂(しょうよう)を図る方が、物事の解決が早いのだ。それをしないということは、もともと調査がずさんで、立会いの上司にまで責任が及ぶことを心配しているからであり、立会いができない不都合な理由が多々あるからではないのか。

竹山財務事務官から電話があったのは、12月24日である。
国税庁長官へ誓願したのは12月20日であるが、その日は土曜日であるから、同長官のもとに届けられるのは、早くても月曜日の22日である。請願書を見ての慌てた行動であることは容易に推察できるが、請願事項に真摯に対応するという行動ではなく、他の方法で請願事項を握りつぶすという強引かつ姑息なやり方なのである。

調査結果の正しい説明は、譲れないゆえんであった。

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請願

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平成15年12月20日、国税庁長官に対して請願書を送付した。

国税庁長官寺沢辰麿殿
                        ××××××××  ○○○○○○

私は、現在名古屋中税務署より税務調査を受けている者であるが、同調査にからむ税務署長、税務職員らの不正、犯罪行為につき、憲法16条に基づき次のとおり請願する。
一、請願事項
 1.管轄の名古屋中税務署に対し、公平・適正な税務調査を行うよう厳しく指導することを求める。
 2.反面調査を名目に請願人の業務を妨害した名古屋中税務署古賀聡明職員に懲戒を求める。
 3.前記古賀職員の違法行為に抗議した請願人に対して、報復行為を行っている名古屋中税務署南博昭署長及び個人課税部門の竹山孝特別国税調査官両名に懲戒を求める。

以上の請願事項を掲げ、二、請願の経緯と理由、と題して古賀聡明財務事務官による不法行為を詳細に説明し、当該古賀事件への抗議に何ら対応しないこと、更に、当該抗議に対する報復的行為として、必要書類を調査せず、違法な推計により税務調査を中途で終わらせ、多額の税金を不当に課税しようとしていることなどを詳細に記述した上、これら違法な税務調査への抗議に名古屋中税務署長は何ら対応しないばかりか、不正行為を隠蔽するため、請願人への嫌がらせを積極的に後押ししているきらいが強い、と訴えた。

そして、当該請願を、仮にも無視、放置して何ら対応がなされないような場合には、電話の録音テープ等の証拠をマスコミ等に提供し、法的処置や国会での追及等も辞さない覚悟も表明した。

それでも。
全く反応がなかったのである。
以前、古賀財務事務官の事件に関して中税務署長に行った誓願についても、何の対応もなされなかった。
請願書は受理したが、内容について検討した結果、調査のやり方は妥当で懲戒理由に当たらないとか、やり方を
改善する必要がないとかいう返事でもあればともかく、全く何の反応もないのである。

憲法第16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人もかかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と規定している。
また、請願法は、第2条で文書による請願の方式を定め、第3条では請願の提出先を、請願事項を所管する官公署に提出しなければならないと定め、第4条では、請願書が誤って他の官公署に提出されたときは、その官公署は「請願者に正当な官公署を指示し、又は正当な官公署にその請願書を送付しなければならない」と定めている。
そして、第5条では、「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない」と規定し、第6条では「何人も、請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と規定している。

名古屋中税務署長や国税庁長官らは、請願法など法律のうちに入るか、と馬鹿にしきっているのではないか。請願は、請願法という法律で定められているだけでなく、憲法で保障されている権利である。
憲法第99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定められている。官公署の人間が憲法を軽んじ、法律を守らずして、だれが法律を守るというのか。

その後も、請願はくり返されるのだが、彼らは請願に対して、ついに微動だにしなかつた。

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国税・税務署との対決4

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翌18日、辰巳総務課長から電話があった。
驚いたことに、署長は会えないら、自分が会って話を聞くと言う。
(今更、何を言い出すのだ)
と、私は思った。

15日に、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)の税務調査の不当性を訴え、署長立会いでの調査金額の説明を求めたところ、了承して日程を調整する、と言ったではないか。昨日は、日程の連絡が遅くなっていることを認め、歯切れが悪かったため、署長は逃げているのではないか、と私が言ったところ、逃げてはいない、明日連絡する、と言ったのだ。
総務課長と会って話しをするために何度も電話をかけているのではない。それぐらいのことは電話の内容から、当然わかることであり、総務課長本人と話をするつもりなら、その電話で話しを続ければよいのである。

「署長に会わせると言ったじゃないですか」
私は言った。
「署長に会わせるとは言ってないですよ」
辰巳総務課長は、怒ったように答えた。
「日程を調整すると、言ってたでしょう。昨日電話した時、署長と会える日を、明日連絡すると言ってたじゃないですか」
「日程を調整するとは言いましたが、署長に会わせるとは言ってないですよ」
自分の日程の都合を言っていただけだ、と言うのである。
「署長同席で説明するということで、竹山さんにも了承してもらってますよ」
と、私が言うと、
「了承なんかしてませんよ」
と、辰巳総務課長は言下に否定した。自分のことではないのに、である。
「竹山さんは、了承しましたよ。聞かせましょうか」
私は、昨日の竹山財務官との電話の内容の録音を聞かせた。
「了承してるでしょう。竹山さん、わかりましたとはっきり言ってるでしょう」
辰巳総務課長は、何も言わなかった。
「一体、真面目に対応する気があるんですか」
辰巳総務課長は、まだ沈黙していた。
私は、だんだん腹が立ってきた。
「嘘ばっかりついて。人を愚弄するのにも、ほどがあるんじゃないですか。約束を守るんですか、守らないんですか」
「署長は会えません。抗議は私が対応します」
辰巳総務課長は、抑揚のない声でそれだけを言った。

税務署は、完璧な縦社会であるから、上司の命令は絶対である。
役職の下の者は上の命令に背けず、下の者から上の者に命令したり、注意したりすることなどできはしない。
竹山財務官は特別国税調査官であるから、副署長に次ぐ地位である。総務課長など格下であり、副署長待遇の竹山財務官が、格下の辰巳総務課長の命令で、職務のやり方を変えることなどありえない。
私の抗議へのすべての対応は、竹山財務官の上司の指示によるものであることは明らかだった。

それは、誰か。
名古屋中税務署の南博昭署長であろう。
南博昭署長に対して古賀財務事務官の事件で三度も抗議した。その事件の内容と、抗議についての対応が全くなされないことが本来の問題であるにもかかわらず、いつのまにか、問題が私の税務調査の修正問題にすり替わってしまっている。
巧妙である。都合の悪いことをうやむやにする役人特有のずるく、汚いやり方だ。
もはや、私の話など、全く聞くつもりはないのかもしれない。
組織のトップが自分たちの不正を隠すため、権力を背景とする組織力を使い、対抗する人間を潰しにかかってきた。

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