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愛国心:その3

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愛国心に関する私の記事に関して、ひろさんという方が「自分が書きたいことを書くブログ」
http://diary.jp.aol.com/wtxgjv9kdqpd/26.htmlで異見を述べておられたので、再度取り上げてみたい。

一、愛国心教育の是非
ひろさんは、
「自分が半兵衛さんのブログを読んで感じたことは愛国心を学校が教えたり評価すると国が定めることがそれほどいけない事なのかどうか、ということです」
と、述べておられるが、まず、私は愛国心を学校で教えることがいけないとは一言も述べていない。
愛国心は、強行した教育基本法改正に関連して取り上げたのであり、愛国心を前面に出した改正が、どのような目的でなされたか、ということを問題にしたのである。

学校での愛国心教育の是非については、いろいろな問題があり、簡単に結論の出るようなものではないので、国民をだますようなやり方で慌てて改正してまで教育基本法に盛り込まなければならなかったのか、ということで述べたのであるが、この機会にその是非についての考えを、はっきりさせたい。
以下、順次反論しながら意見をのべる。

二、愛国心の強制
「当たり前ですが今回の教育基本法は、背いたからと言って何か罰則とか処分があるわけではありませんよね。ですから学校が愛国心を教えても、それに従わない生徒がいたら罰金とか、懲役とか、何かペナルティがあるわけではないですよね。これって国が子供達に心の内面を強制してることになるのでしょうか」
と、ひろさんは述べておられるが、強制ということを罰金や懲役等のペナルティのみの観点から捉えるのはどうかと思う。

たとえば、NHKの放送受信料は法律で受信契約を義務付けてはいるものの、罰則の規程はない。罰則の規程がなくてもそれなりに強制力を持っており、ほとんどの人は受信料を支払っている。
また、いじめに加担しなければ、何々の罰を与えるというはっきりした懲罰の取り決めがなくても、加担しなければ何らかの不利益が自分に及びそうだという雰囲気があれば、それだけで罰則以上の強制力を持ってくる。

特に、行政の現場では、はっきり規定された罰則で処分されることのほうが、むしろ少ないのが実態である。
私も経験したことだが、役所が気に入らない業者から仕事を取り上げる場合は、本人から仕事を辞退させるという陰湿な方法をとる。本人が辞退を拒めば、所属する業界団体に圧力をかけて無理やり辞退させるのである。規則に違反していないから、指定業者から外されないなどと思ったら大きな間違いである。
愛人と官舎に住んでいた本間政府税調会長にしても、規則違反の罰則で処分されたわけではなく、周りの圧力で自分の意思に反して辞任せざるをえなくなったのだ。

このように、罰則や処分が決められていないから、強制ではないとはいえないのである。

三、愛国心の評価
「それに自分は学校が愛国心を評価をすることはいけない、とは思いません。なぜなら、心の問題を指導・評価するのも義務教育の一環として必要だと思うからです」
と、ひろさんは述べ、更に、学校における理科の実験の取り組みや、その他の課題授業の取り組みの姿勢、意欲等を例に挙げ、「関心・意欲・態度」の欄ですでに内面の評価がなされており、愛国心だけが、なぜ、学校教育において評価対象としてはいけないのか、と疑問を投げる。

しかし、課題授業の取り組み等における「関心・意欲・態度」等の評価は、あくまでも、理科の実験のように、ある目的を達成する過程において現れた外面の現象を評価しているのであって、心の内面そのものを評価しているわけではない。愛国心が理科の実験のような課題授業の取り組み等と同様に論ずることができないのは、達成しようとする目的がはっきりしないからである。

国旗を揚げるとか、君が代を歌うとかいう目的を掲げ、それに取り組む「関心・意欲・態度」等を評価するのであれば、わざわざ教育基本法という法律に盛り込むことでもなかろう。
それらは、愛国心とは関係のないことであり、式典における国旗掲揚の際の態度や国歌を歌うときの態度いかんは、本来、生活態度等の常識の問題だからである。

四、愛国心の欠如
「愛国心や公共心などを軽視しがちな今の現状があって、それは良くないから明確に国の方針として法文化して、学校で教える事にしましょう、ということだと思うのです」
と、ひろさんは述べておられるが、そもそも今の日本人に愛国心がないと断定できるのだろうか。

学校の行事によく参加される方なら当然気づいていると思われるが、どこの小中学校でも、入学式や卒業式等の行事で、国旗の掲揚を拒否したり、君が代の合唱を拒否したりする生徒は、ほとんど見かけないのが実情である。
私も、子供3人の学校行事に何度か出席したが、そのような光景には、ついにただの一度もお目にかかったことがない。

国旗掲揚等を拒否するのは、思想的な問題にこだわる一部の教師だけであり、そういった報道の一部の例をことさら大げさに取り上げて、愛国心教育に結びつけているだけではないか。

また、国旗、国歌の絡む式典での態度がいいからといって、愛国心があるわけではない。同時に、国旗掲揚を拒否する教師に愛国心がないかといえば、そうでもない。
国を愛する気持ちは国旗掲揚を拒否する教師にもあるはずであり、漫然と国の方針に従っている無関心な国民より、そういった教師のほうがむしろ国を思う気持ちは強いのではないか。

オリンピックの競技等で、日本人であれば誰しも日本人選手を応援するだろう。それもひとつの、愛国心の現われといえるのではないだろうか。
愛国心が欠けているのではなく、愛国心を何と捉えるかという見解の違いであろう。

四、道徳教育との関係
「それに学校では道徳という心の内面を教育する科目があるではありませんか」
と、ひろさんは述べ、その道徳教育との関係で愛国心教育の正当性を訴える。

だが、道徳教育も、礼儀、あいさつ、助け合い、親切、親孝行といった外面に現れる現象との関係で、内面である心の持ち方を教育するものであり、外面に現れる現象がはっきりしない愛国心教育とは、本質を異にする。
愛国心は外面に現れるどのような現象との関係で評価し、教育するかということが、よくわからないのである。

先に述べた国旗、国歌の絡む式典時の態度で評価するのか、それとも、徴兵制に異議を述べず、積極的に戦地に赴く意欲・態度等で評価するのか。あるいは、政府に対する批判、賞賛の態度等で評価するのか。

まさか、政府に批判的でも、同一国民を愛する意欲・態度等が立派であれば高く評価されるなどと思っているお人よしはいないだろう。
愛国心の概念があいまいなため、それを運用する国側の都合のよいように利用される危険性が高いことは、以前述べたとおりである。

五、愛国心の比較
多くの日本人が外国人と比べて、一般的に愛国心が極端に劣っているとは思えない。
ただ、日本人が外国人と比べて大きく劣っていると思われる点もある。
それは、政府を信頼する気持ちと、戦争に参加しようとする意欲の二点である。

前者は、北朝鮮による拉致問題、中国
瀋陽市の日本総領事館への北朝鮮難民駆け込み事件の対応、信念のない自衛隊のイラク派遣政策等に対する国民の反応等で明らかである。
また後者は、本来命をかけて任務を全うするのが当たり前の仕事に就いている本職の自衛隊員でさえ、命の保障云々を持ち出してイラク派遣を嫌がっていたことでもわかる。

六、結論
「ですから、結局、前回にも書いたように、愛国心や公共心などを軽視しがちな今の現状があって、それは良くないから明確に国の方針として法文化して、学校で教える事にしましょう、ということだと思うのです。よって自分は、国が強制することになるからいけないこと、とは思わないわけです」
と、ひろさんは述べておられるが、以上検討したように、愛国心の法文化は、国の都合のよいように解釈した身勝手な理屈を国民に強制してくる事態につながる危険性が非常に高いため、安易にそれを認めてはならない。

愛国心教育が必要なのは、子供たちではなく、国民に信頼されていない政府自身である。
戦前の我が国における愛国心教育の失敗例を、もう一度かみしめる必要があるのではないだろう
か。

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コメント

 半兵衛さんのブログを楽しみに拝読しております。ご自身の反権力や植草氏擁護の姿勢には全く賛同するのですが、教育基本法改正に反対のご意見には、どうかなと思うところがあります。戦後60年間の教育の結果が、現在の日本の状態ですから教育を誤ったという事は一目瞭然です。国旗国歌を認めず、それを生徒に押し付ける教師は、もはや国民の税金から給料をいただく公務員ではありません。私は民主党案の方がよかったと思う一人ですが、とりあえず教育改革の端緒を開いた意義は大きいと思うので、今後、下部法の改正に向けてもっと議論を深めて欲しいものです。
 

投稿: いすけ屋 | 2006年12月24日 (日) 17時47分

コメントありがとうございます。
ご指摘のとおり、戦後教育のゆがみが今の世相を反映しているのではないかと私も思います。
その意味で教育の重要性を否定するものではなく、下心のない純粋無垢なものであれば、改正教育基本法もあえて否定するものでもありません。
今後の下部法の改正にあたっては、十分議論してほしいと思います。

投稿: 管理人半兵衛 | 2006年12月24日 (日) 18時11分

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