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名張毒ぶどう酒事件に関して:その2

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異議審では、犯行に使われた毒物と奥西死刑囚が自白した農薬は違うとする弁護側の鑑定結果の評価が大きな争点となった。

そもそも、鑑定というものは、鑑定する人間によって結果が全く異なってくるという性質がある。
数学の計算式のように、誰が鑑定しても同じ結果が出るものであれば、わざわざ専門家に鑑定させる必要もない。専門家の高度な知識、経験、判断力に委ねなければわからない事項だからこそ、鑑定が必要になるのである。

では、専門家の高度な知識、経験、判断力が全く同じ水準ならば、同じ結果が出るかといえば、そうでもない。水準が全く同じでも、それらが良心に従って正しく駆使されるかどうかが重要であり、その良心いかんによって鑑定結果が全く異なってくるからである。
良心に従い、誠実にこれを行わなければならないという倫理的要請が不動産鑑定士に強く求められているのも、このような理由による。

たとえば、市や県(国も同じ)が公共用地の買収を行う場合には、相場より高く買い、市有地や県有地を売却する場合には、相場より低く売っている。
民間の感覚では逆だが、役所の場合は、自分のお金ではないから、面倒なことは金で解決する傾向が強い。
土地を買収する場合は、骨の折れる地権者との用地交渉を嫌がり、買収価格を吊り上げて土地を高く買うのである。土地を売る場合は、面倒な営業努力をせずに早く売るため安く売ってしまうのだ。

しかし、建前上は適正な価格で売買しなければならないことになっているので、自分たちの意向に合う鑑定評価書を添付して審議会を通している。
つまり、役所にとっては、自分たちの責任逃れのために、鑑定評価書を利用しているに過ぎないのだ。
従って、役所に提出されたものは、役所の意向に適った鑑定評価書だけであり、その内容が適正だから役所が採用したというわけではない。
公平で適正な評価額に頑なに拘る鑑定士は、必要とされない。役所に提出された時点で、役所の意向が反映された鑑定評価であると見て間違いないのである。

裁判における鑑定も、本質は全く同じである。
検察側の鑑定は、検察側の意向の反映された鑑定であり、弁護側の鑑定は、弁護側の意向の反映された鑑定である。意図に反する鑑定は表に出されることはないのである。

しかし、もっとも問題なのは、そのように異なった鑑定結果が出された場合、どの鑑定が正しいか、鑑定内容に全くの素人である裁判官では、正確に判断ができないということである。

先の例でも、役所の意向の反映された鑑定評価書が、公平さを欠く偏ったものかどうかは、素人には判断できない。

鑑定評価書に採用する取引事例ひとつとっても、現実には高い取引価格の事例もあれば、低い価格のそれもある。
鑑定評価書に採用する取引事例は現実に取引されたすべての取引事例を採用するわけではなく、その中の一部の事例を採用するだけである。
高い評価額を出す場合は高い価格の取引事例を採用し、低い評価額を出す場合は、低い取引事例を採用して形式を整えるので、鑑定評価書上からは、矛盾がなかなか露呈しない。

それが不当かどうかは、多くの取引事例に熟知し、価格形成の要因、過程を正確に分析できるだけの専門的な知識、能力がなければならない。

従って、裁判官も、異なる鑑定結果がある場合、いずれの鑑定が正しいか正確には判断できず、どれを採用するかは、裁判官個人の独断による。
職業的な信条や、置かれている立場からの思惑だけで結論を出すことが多いのだ。

原決定(名古屋高裁の再審開始決定)で、
「薬物に関する新証拠(鑑定など)に基づき、ニッカリンTであれば当然検出されるはずの物質(トリエチルピロホスフェート)が飲み残しのブドウ酒から検出されておらず、犯行に使用された農薬はニッカリンTではない可能性が高い」
としたのを、 異議審で、
「新証拠の鑑定内容を詳細に検討すると、混入されたのがニッカリンTであってもトリエチルピロホスフェートが検出されないこともあり得ると判断され、使用された農薬がニッカリンTでないとはいえない」
とし、
「毒物は有機燐(りん)テップ製剤であることが判明しており、有機燐テップ製剤であるニッカリンTが使用された可能性は十分に存する」
としたのは、鑑定結果を正確に判断したのではなく、異議審のそういった裁判官個人の独断で判断されたに過ぎないのである。

「混入されたのがニッカリンTであってもトリエチルピロホスフェートが検出されないこともあり得る」
と判断する以上、
「混入されたのがニッカリンTであれば、トリエチルピロホスフェートが検出されることが多い」
と判断しなければならないし、
「使用された農薬がニッカリンTでないとはいえない」
という以上、
「使用された農薬がニッカリンTであるともいえない」
という結論になるのである。

また、
「原決定は、新証拠(鑑定など)に基づき、証拠物の四つ足替栓は本件ブドウ酒瓶のものではない可能性があるというが、本件の瓶に装着されていたものに間違いない」
とも言っているが、確かな根拠を示さず、自分が見ていたような言い方をしている。
このようないいかげんな判断で、1人の人間の命を奪ってもいいのだろうか。

自白の信憑性についての判断も、まったくいい加減である。
三角関係の清算が動機であれば、二人の女性と楽しむ男が、自暴自棄に等しい妻や愛人を含む5人の命まで奪う行動に出るだろうか。三角関係の清算なら、妻か愛人のどちらか一人だけを始末するのが普通である。
それに、三角関係で一番悩むのは妻である。自暴自棄になった妻が自らの命も含めて清算行為に及び、毒物を混入するという無差別殺人を行ったのではないか。

奥西死刑囚は、いったんはその真実を語ったが、浮気という自分の責任で妻を死にまで追いやった悔悟の念から、死んだ妻の名誉を考えて自分がやったと自白してしまったのではないだろうか。
当然、起こる疑問である。

「奥西には妻と愛人を殺害する動機となり得る状況があったこと、犯行を自白する前には明らかに虚偽の供述で亡くなった自分の妻を犯人に仕立て上げようとしていることが認められる」
とか、
「自らが極刑となることが予想される重大犯罪について進んでうその自白をするとは考えられない」
などと決めつけるのは、まさに、人情に疎い世間知らずの石頭裁判官の机上論に過ぎないのである。

「疑わしきは被告人の利益に」という原則を拠りどころにすれば、今回の再審開始決定の取り消しは、不当以外の何ものでもない。


 

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コメント

今晩は、TB有難うございます。

では。

投稿: 建つ三介 | 2006年12月28日 (木) 01時22分

こちらこそありがとうございます。

投稿: 管理人半兵衛 | 2006年12月28日 (木) 08時41分

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