袴田事件:1審で判決文、元裁判官「無罪の心証」
袴田事件:1審で判決文、元裁判官「無罪の心証」 死刑囚の姉に謝罪
静岡県清水市(現静岡市清水区)で66年6月、みそ製造会社専務一家4人が殺害された「袴田事件」で、袴田巌死刑囚(70)の再審開始を求める支援団体は2日、68年に1審の静岡地裁で死刑判決を書いた元裁判官が「無罪の心証があった」と明らかにしたと発表した。元裁判官が自分のかかわった裁判について言及するのは極めて異例。
同団体によると、元裁判官は1審で主任裁判官を務めた熊本典道氏(69)=九州在住。昨年1月中旬に本人から支援者に連絡があり「心ならずも信念に反する判決を出した」とする手紙が届いたという。手紙で熊本氏は自白を取った方法や信用性、また凶器とされるクリ小刀と袴田死刑囚との結びつきに疑問を呈し、合議体(3人)で行われた当時の審理で無罪を主張し、1対2で敗れたことを明らかにした。
支援者らは1月下旬から3回、九州のレストランなどで面談。熊本氏は袴田死刑囚の姉秀子さん(74)の両手を取り「私の力が及ばなくて申し訳ありませんでした」と涙ながらに話し、地裁の公判中に石見勝四裁判長(故人)に「まるで私たちが裁かれている裁判ですね」と伝えたと振り返ったという。
判決後も一日も事件のことを忘れた日はなかったといい、今年70歳になるのを機に明らかにすることを決めたという。裁判所法で漏らしてはならないと定められている「評議の秘密」を明らかにするのは守秘義務違反となる可能性もあるが、熊本氏は「承知している」と答えたという。
弁護団長の西嶋勝彦弁護士は「元裁判官の証言は判決が間違っていたと分かる人が増えることにはつながるが、新証拠ではない。再審となっても証人申請するつもりはない」としている。
熊本氏は死刑廃止を推進する議員連盟(代表・亀井静香衆院議員、74人)が9日午後1時から衆院第1議員会館で開く勉強会後に記者会見する。【稲生陽】
■ことば
◇袴田事件
66年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)でみそ製造会社専務一家4人が殺害された強盗殺人事件。静岡県警は同年8月、元プロボクサーで同社従業員の袴田巌死刑囚(70)を逮捕。公判で袴田死刑囚は否認を続けた。1審の静岡地裁は68年9月、45通の自白調書の44通を証拠から排除した上で死刑判決を言い渡した。80年に最高裁が上告を棄却し、死刑が確定。弁護側は81年に再審請求したが同地裁は94年に棄却。東京高裁への即時抗告も04年に退けられ、最高裁に特別抗告している。
毎日新聞 2007年3月3日 東京朝刊
元裁判官の熊本氏は、この40年の間に、自分の子供のことや親のことを思い出せない日はあっても、袴田死刑囚の手錠を外されて被告人席に来たときの顔や判決(死刑)言い渡し日のガクンときた姿は、一日たりとも忘れたことがなかったと言う。
また、
「これは、(担当裁判官の)僕ら3人が裁かれているようなものですね」
と、感想を述べていた。
袴田死刑囚は刑が確定した後、獄中から一人息子に手紙を送っている。
「必ず証明してあげよう!」
「お前のチャン(父親)は決して人を殺していないし、一番それをよく知っているのが警察であって、一番申し訳なく思っているのが裁判官であることを」
袴田死刑囚に今会えるとしたらどんな言葉を?という質問に、熊本氏は、
「おそらくね、言葉はないと思う・・・・。15分なら15分、目の前で頭を下げて泣いているしかないと思います」
と、ただ嗚咽するばかりであった。
合議制で判決を下した他の二人の裁判官はすでに死亡し、残された一人の裁判官は無罪を確信しておりながら、なぜ、袴田死刑囚を救えないのか。
退官覚悟で再審の扉を開く勇気を持つことを、同じ人間である最高裁の判事に強く訴えたい。
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