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冤罪の再発防止の取り組みには関係者の処罰の取り決めを盛り込め

不当捜査による冤罪が、警察庁長官の訓示程度でなくなるものではないだろう。

「適正捜査の指導を」警察庁長官が訓示、無罪判決相次ぎ
鹿児島県の選挙違反事件無罪判決などを受け、警察庁の漆間巌長官は13日開かれた管区警察局長会議で「全国で相次いだ無罪判決でくみ取るべき点は何かを踏まえ、適正な捜査運営について管区内の指導に努めてほしい」と訓示した。

管区警察局は全国に7つあり、地方の府県警本部を監督するほか、広域捜査などを指揮する。

会議には7局長のほかに警視総監、北海道、大阪の道府警本部長も出席。訓示後の協議では、各局長らが現場の実情や、再発防止の取り組みを報告した。

選挙違反事件では鹿児島地裁が2月、被告12人全員を無罪とし、3月には福岡高裁が佐賀県で女性3人を殺害したとして起訴された男性に無罪判決を出し、それぞれ確定した。また1月には富山県で強姦冤罪事件が発覚している。
                    2007年4月13日 日本経済新聞


訓示後の協議で、各局長らが現場の実情や、再発防止の取り組みを報告したとあるが、具体的にどのような再発防止策を検討しているのか定かではない。

鹿児島の選挙違反事件や富山県の強姦冤罪事件のように極めてひどい捜査による無罪判決の場合でも、関係者はいたって軽い処分か処分自体がなされていないという状況である。
身内に甘い警察の体質から考えると、おそらく再発防止の取り組みというのもたいした中身ではなく、一応対策を講じているという世間向けのアピールにとどまるのではないか。再発防止など、とても期待できるものではないだろう。

不当な捜査、取調べに関わった関係者と責任者を厳しく処罰する取り決めを盛り込んだ再発防止策でなければ、何の実効性もないことを忘れてはならない。

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役人のトップこそ責任を取れ

役人のトップは、責任を負わないのか。

死者11人と200人を超す負傷者を出した2001年7月の兵庫県明石市の歩道橋事故の控訴審判決公判が6日、大阪高裁で開かれた。

仲宗根一郎裁判長は、兵庫県警明石署元地域官、金沢常夫被告ら2人に禁固2年6月の実刑とした一審・神戸地裁判決を支持し、4人の控訴を棄却した。
県警、市、警備会社の「複合過失」を認定し、
「主催者の自主警備」を原則とするイベントでも、警察が歩道橋など公道上の安全確保の注意義務を負うことを改めて求めた。

警察が安全確保の注意義務を負うのであれば、明石署の地域官だけでなく、署長や副署長も当然責任を負わなければならない。むしろ、署長らのほうが地域官より責任は重いはずである。

ところが、地域官は実刑で、明石署長らは不起訴処分だという。

警察署長は、公訴権を持つ検察とつながりが深いため、このようなふざけた処分で済まされているのだ。警察と検察の腐った持たれ合いである。
上の者が、トカゲの尻尾切りのように役職の下の者に罪をなすりつけてのうのうとしている。


判決理由でも「被告以外の関係者の中には刑法上の過失責任を問題とされる余地がある者も認められる」と、同裁判長が不起訴処分となった当時の明石署長らの刑事責任について、一審より踏み込んで指摘しているである。

それをそのまま黙殺し放置するのは、検察の横暴であり、法治国家に対する挑戦行為に等しい。犯罪者を意図的に見逃す行為は、無実の者を意図的に罰する行為と同じである。

先日判決のあった名古屋刑務所の革手錠使用による受刑者死傷事件でもそうだが、現場の看守ら4人が有罪になったものの、刑務所長ら幹部の責任は、やはり不問に付されている。

国家の組織内で何か問題が起こっても、末端の下級官吏に責任をなすり付け、組織のトップらは何の責任も取らないのが当たり前のようになっているが、このような体質を厳しく批判し、改めさせなければ、民主主義も形だけのものになり、大きなしわ寄せがやがて国民にふりかかってくることをかみしめるべきだろう。


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官尊民卑の打破

法務・検察当局は、冤罪防止にどのような対策を講ずるのか。


全国の検事長が緊急会議・5日に

法務・検察当局は、鹿児島県の選挙違反事件や女性3人が殺害された佐賀県の「北方事件」など無罪判決が続いたことを受け、5日に全国8高検の検事長を集めて「検事長会同」を開催する。被疑者の供述内容を含めた証拠の慎重な検討や警察との連携強化を改めて徹底する。

全国の高検検事長や地検検事正が集まった2月の検察長官会同の直前の1月、富山県で強姦罪で実刑判決を受けて服役した男性の冤罪(えんざい)が発覚。但木敬一検事総長は「二度と起きないように万全の策を講ずる」などと述べた。
                      2007年4月3日 日本経済新聞


冤罪による無罪判決が相次いだことを受けての「検事長会同」の開催であるが、警察、検察による不当捜査、不当起訴は、何も最近に限ったことではない。

もともと、警察は見込捜査が多く、一旦逮捕すると、何が何でも自白させようとする体質を持っている。
また、検察も、客観的な証拠に基づく公平な観点から起訴不起訴を慎重に決定しているわけではない。自白に頼り、警察の捜査の上塗りのような取調べで安易に起訴しているのが実態である。

従って、鹿児島県の選挙違反事件や北方事件、富山県の服役男性の強姦冤罪事件なども、特別な事件ではなく、このような捜査のあり方から、いわば日常的に起こっている事件である。
日常的に起こっている事件であるが、裁判所も自白偏重主義で検察の言いなりのような判決しか出さないため、これまで有罪判決の陰に隠れて表面化しなかっただけである。

刑事事件に対する裁判所の方針が変わったわけではないから、冤罪の防止策としては、当面、不当捜査を行った捜査関係者を厳しく処分することで対処するしかない。

富山県の服役男性の強姦冤罪事件では、県警と検察は冤罪発覚後、無実だと知って罪をでっち上げたわけではなく、取り調べの決まりも破っていないなどとして、関係者は全く処分していない。

また、北方事件では、裁判で取り調べの違法性を厳しく指摘されたが、これに関して検察は「真摯に重く受け止め、今後の糧として適正な捜査に努めたい」と述べた一方、「起訴当時は証拠に照らして有罪立証ができると判断した」と言い、起訴自体に問題はなかったとの認識を示している。
 
鹿児島県の選挙違反事件でも、取り調べ担当の警部補が減給処分で、捜査を指揮した当時の志布志署長と本部捜査二課捜査班長がそれぞれ注意と訓戒という極めて軽い処分であり、本事件を担当した検事はやはり何の処分もなされていない。

冤罪事件が日常的に起こるのは、こうした国家の組織に守られた過保護の体質に原因がある。

庶民は一両盗めば打首だが、武士の不始末は預かりという寛大な処置で済ました封建時代からの悪しき風習が今なお役人の世界では常識としてとおっているが、いやしくも民主主義の現代においては、官尊民卑の思想に基づくこのような理不尽なしきたりは絶対に認めてはならない。

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