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第1準備書面

    平成20年9月8日 

平成20年(ワ)第2886号損害賠償請求事件

原告 ○○○○

被告 

名古屋地方裁判所民事第4部ハB係 御中

第1準備書面                 

           原告  ○○○○○

 原告は、本準備書面において次のとおり主張する。

一、国家賠償法1条1項の違法行為

   本件違法行為の対象者である名古屋地方裁判所裁判官伊藤新一郎は、原告の刑事裁判を担当し、原告との関係で公務員として公平妥当な裁判を行う個別具体的な職務上の法的義務を負担していたにもかかわらず、その職務上の法的義務に違反したのであるから、同法1条1項の違法行為に該当する。

二.裁判官の職務行為の違法性

裁判官の行う裁判にも国家賠償法が適用されることは被告主張のとおりであり、その違法性の判断についても被告の引用する判例(最高裁昭和57年3月12日第二小法廷判決、同昭和39年オ第1390号、同43年3月15日第二小法廷判決)のとおりであると考える。

そこで、本件裁判官の裁判につき、同判例が指摘する違法性についての「特別の事情」の存在について検討する。

三.瑕疵の存在と特別の事情の存在

1 瑕疵の存在とその原因

  伊藤新一郎裁判官は、平成16年(わ)第479号公務執行妨害被告事件につき、事実と異なる下記検察官の公訴事実をそのまま認定して、平成18年2月27日に原告に有罪判決を宣告している。

<公訴事実  被告人は、平成16年1月23日午後2時25分ころ、名古屋市○○○○○○○○ビル○○○号室内の応接室において、被告人の所得税等の調査に訪れた名古屋中税務署財務事務官竹山孝(当56年)に対し、「うそばっかつくな。」などと怒号しながら、その身体に向けて数本のカセットテープを投げつける暴行を加え、もって同財務事務官の職務の執行を妨害したものである。>

当該公訴事実が真実と異なるため、控訴審では原判決を破棄しているが、起訴した検察側自体も公訴事実の誤謬を当該控訴審判決前に認めて、下記のとおり訴因を変更している。

<公訴事実  被告人は、平成16年1月23日午後2時25分ころ、名古屋市○○○○○○○○ビル○○○号室内の応接室において、被告人の所得税等の調査に訪れた名号室において、被告人の所得税等の調査に訪れた名古屋中税務署財務事務官竹山孝(当56年)に対し、「うそばっかりつくな。」などと怒号しながら、同人の傍らにあった応接コーナー用パーテーションに向けてケース入りのカセットテープを思い切り投げつける暴行を加え、もって同財務事務官の職務の執行を妨害したものである。>

伊藤新一郎裁判官は、控訴審の裁判官だけでなく、起訴した検察官でさえ間違いと認めるお粗末な公訴事実を真実と認定して、原告に有罪判決を下した。

つまり、証拠を普通に検討すれば、高度の知識と判断力を備えた法律の専門家たる裁判官であれば、誰でも当該公訴事実が間違っていることがわかるはずであり、公訴事実が間違っていれば、無罪判決を宣告しなければならないことは自明のことであるにもかかわらず、敢えて原告に有罪判決を下している。

このことは、伊藤新一郎裁判官が単なる過失で判断を誤り、間違った判決を下したということではなくて、そもそも当初から裁判官としてまともな判断を下すことのできないまったくの無能力者か、国家権力を背景とする検察官に迎合するなどの不当(違法)な目的で敢えて事実を捻じ曲げたかのいずれかに限定された理由による結果であることを物語る。

2 裁判官としての資質の欠落か不当(違法)な目的の存在か

 従って、本判決につき、伊藤新一郎裁判官は不当(違法)な目的ではなく、裁判官としての資質の欠落した無能力者故に誤った判決を下したのか、それとも裁判官としての資質には問題はなく、不当(違法)な目的故に敢えて誤った判決を下したのかについて具体的に言及する。

3 原判決における事実誤認の検討

 伊藤新一郎裁判官の原判決で、誤認した事実を列記して順次検討すると、次のとおりである。

① 名古屋中税務署財務事務官竹山孝に対し、その身体に向けてカセットテープを投げつける暴行を加えた、とする点

 カセットテープは、竹山孝に向けて投げつけられたものではなく、同人の立っていた場所とは方向の異なる応接コーナー用パーテーションに向けて投げられたものである。竹山孝は、どこに当たり、ガシャンという割れる音がどこから聞こえたのかは覚えがなく(甲第1号証47頁、48頁)、後ろであることぐらいはわかった(甲第1号証61頁)と曖昧な証言をしている(甲第1号証47頁)が、同人の立っていた後方には、カセットテープの割れるような場所がない反面、応接コーナー用パーテーションにはカセットテープが当たったと認定できるキズがあり、破片も付着していたため、現場を実際に検証した伊藤新一郎裁判官には、竹山の証言が虚偽であることが容易に判断できたはずである。

② 前記カセットテープの本数を数本と誤認している点

 投げつけられたカセットテープの本数は、竹山と河地の証言で符合せず、割れた破片を照合しても1本にしかならない上、現場の状況からも数本も投げれば、竹山の身体に当たらないはずがないことが容易に推認できた。

③ カセットテープが投げられる前に原告(原判決時は被告人)が竹山・河地の写真を一旦撮影し、その後中止して再び撮影したとする点(乙第1号証の1:原判決5頁)

応接室での写真撮影は一度だけであり、このことは、証拠として採用された写真や現像ネガの物的証拠により動かしがたい事実であった(甲第3号証)。

④ 原告(原判決時は被告人)が竹山・河地の写真を一旦撮影し、その後中止した後再び(2度目)写真撮影を始めたため、竹山がこれを防ごうと椅子から立ち上がったとする点(乙第1号証の1:原判決5頁)

写真撮影は、竹山が説明義務を放棄して席を立ち、応接室を退室しようとした姿を撮影したのが最初であり、このことも、証拠として採用された写真や現像ネガの物的証拠により動かしがたい事実であった(甲第3号証)。

⑤ 応接室から退出する竹山を河地は見ることができないことを無視した点

  検証の結果からも明らかなとおり、河地の立ち位置からは、応接室から退出する竹山を見ることができない(甲第7号証)。伊藤新一郎裁判官は、検証の際、実際にその場に立って確認したにもかかわらず、この事実と河地供述との齟齬に目をつぶり、河地供述を信用できるものとした。

⑥ 竹山が応接室に向けて開くドアを後ずさりしながら開けて逃げたとした点(乙第1号証の1:原判決5頁)

  応接室と事務室とを区分するドアは応接室側に開くため、後ずさりの姿勢では、当該ドア開けて応接室からスムーズに退室することは不可能である。竹山は原告(原判決時は被告人)に殴られると思い後ずさりして退室したと言っているが、原告との距離が1メートルぐらい(甲第1号証50頁)であったのであれば、内開きのドアを開けている間に追いつかれてしまったはずである。この不合理な点は、民事事件の裁判官が正当に指摘し、質問しているところであるが、竹山はしどろもどろで説明ができなかった(甲第4号証:当審弁第4号証38頁、39頁)。このような客観的証拠を敢えて黙殺し、竹山の証言を信用できると結論付けるのは、資質の欠落した無能力者か、強い故意により竹山の供述を採用しようとする不当な目的の存在なくしては不可能というほかない。

⑦ 実況見分の際、実際には原告は当時勾留中で実況見分に立ち会っていないのに、原告(原判決時は被告人)が実況見分に立ち会っていながら、原告主張の事実に沿う指示説明をしなかった旨認定している点(乙第1号証の1:6頁)

   立会者が誰であるかは実況見分調書に記載されており、間違える事項ではおよそない(甲第4号証)

⑧ 一方でカセットケースの破片3個が発見された事実を否定して原告の公判供述の信用性を否定しながら(乙第1号証の1:原判決6頁あ)、他方でカセットケースの破片3個の存在を前提として原告の公判供述の信用性を疑問視している(乙第1号証の1:原判決6頁う~7頁)

  判決理由における場当たり的な認定であり、明らかな矛盾である。

⑨ 被告人の供述する投げ方を前提とすると、投げたカセットテープのケースが、弁護人の見分したような割れ方をしたとは到底考えられないと断定している点(乙第1号証の1:原判決6頁)

  石の大きさや投げ方で窓ガラスがどのような割れ方をするかということであれば、経験則がある程度確立されているかもしれないが、事務所でのカセットテープの投てきという極めて非日常的な行為において、どのような投げ方で、どこに当たった場合にどのような壊れ方をするかという結果は本来実験してみないと分からない事実であるにもかかわらず、何ら実験せずして経験則のごとく当たり前に断定することは、理不尽の極みである。

⑩ 河地の公判供述は、竹山がつぼを割ったという事実も素直に供述したという点と、かつ犯行時までの被告人の言動について主要部分が被告人と符合したから、信用性が高く、従って犯行時の状況が被告人の供述と異なっていても、それは被告人の供述が信用できないのであって、河地の供述の信用性は全く揺るがないと断定している点(乙第1号証の1:原判決7頁)

   河地と被告人を置き換えれば、全く正反対の結論に達する常軌を逸した判断であり、精神分裂者か不当な目的の存在なくしては導くことのできない結論である。

⑪ 竹山も、つぼを割ったという事実を率直に供述したという点と、犯行時までの被告人の言動についての供述が主要部分において被告人のそれと符合しており、かつ信用性の高い河地の供述と大筋において符合する内容の公判供述をしているから、信用できるとしている点(乙第1号証の1:原判決7頁)

   前記で述べたとおり、全く公平を欠いた常軌を逸した判断である。竹山、河地の供述には矛盾点が多く、物的証拠との齟齬も多いにもかかわらず、これらの供述を高く評価するというのは、精神分裂者でなければ、「特別の事情」により極端にえこひいきした不当な結論としか言いようがない。

⑫ 以上挙げたいくつかの事実認定の間違いや判断根拠の矛盾を前提として、竹山、河地の供述の信用性を高く評価し、一方被告人の犯行状況についての供述は、「自己矛盾であったり、不自然不合理な点が多く信用できない」、「以上を総合すると、判示事実は合理的な疑いを入れる余地なく認定できる」と結論付け、有罪判決を下している点(乙第1号証の1:原判決9頁)

   以上を総合すると、自己矛盾であったり、不自然不合理な点が多かったりして信用できないのは、竹山、河地の供述であり、伊藤新一郎裁判官の判決である。

4 裁判官としての能力の欠落

 では次に、伊藤新一郎裁判官は、そもそも当初から裁判官としてまともな判断を下すことのできないまったくの無能力者なのか検討する

伊藤新一郎裁判官は、過去に心身の故障により免官された事実はなく、また能力不足による不当な裁判で懲戒を受けたり、再任を拒否されたりしたという事実も見聞きしない。国も、能力の欠落によりしばしば問題を起こすような裁判官を敢えて任官するはずもなく、平成14年11月6日からは名古屋地方裁判所の刑事部長の要職も務めているのだから、能力的に問題があったとは到底考えられない。

5 違法または不当な目的の存在

 上記で検討したとおり、伊藤新一郎裁判官の原判決での瑕疵は、単なる過失という程度のものではない。中学生程度の能力が備わっていれば判断を間違えることのないレベルのものばかりであり、そこには強い故意の存在が伺われる。

特に、⑩、⑪のように、いずれの供述に信用性を置いても根拠は変わらないものであれば、本来立証が不十分なのであるから、疑わしきは罰せずという結論に到達するはずであるが、このような場合でも、敢えて国税当局者や検察側の肩を持つ不当な結論を導いている。

従って、本件については、単なる「上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵の存在」という程度のものではなく、「不当な目的をもって裁判を行った」ことが明白であり、「付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁判官の職務行為を行使した」と言わなければならない。

三.不当(違法)な目的の存在の立証

 前述の不当な目的の存在は、伊藤新一郎裁判官の証人尋問によって明らかにする。

【 証 拠 方 法 】

甲第1号証  平成16年(ワ)第479号証人尋問調書(竹山孝)       

甲第2号証  平成16年(ワ)第479号証人尋問調書(河地隆雄)

甲第3号証  写真説明書

甲第4号証  平成16年(ワ)第1335号証人調書(竹山孝)

甲第5号証  平成16年(ワ)第1335号証人調書(河地隆雄)

甲第6号証  実況見分調書

甲第7号証  検証調書

                       以 上

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