《本事件のあらすじ》

私は、国税の職員による不正について抗議し、国税庁長官らの責任を厳しく追及してきました。
法律に基づく請願書、抗議書等の送付は二十数件に及びましたが、すべて黙殺されたばかりか、不当な税務調査で報復されたうえ、名古屋中税務署の職員が、私の事務所に飾ってあった装飾用のつぼを割って、謝罪も弁償もせずにそのまま帰っていくという事件にまで発展したのです。

当然ながら、中税務署長や国税庁長官に対する私の抗議は、激しさを増しました。それでも無視し続ける国税官僚らの責任を追及するため、民事訴訟を提起して真っ向勝負を挑んだところ、彼らは警察・検察を使って私を公務執行妨害罪の濡れ衣で逮捕し、起訴するという、恐るべき公権力の濫用で対抗してきたのです。

2年近い裁判を経て、刑事事件は平成18年2月に有罪判決が下されました。検察等の圧力に屈服した裁判官の不当な判決で、誰が読んでもデタラメとわかるひどい判決書でありました。もちろん、即日控訴しました。
しかし、私が原告となっている民事事件では、同年7月20日に刑事事件と同じ内容について国税側の証言を完璧に否定し、つぼを割った責任を認めて被告国側を断罪する判決を言い渡したのです。同じ名古屋地裁で、刑事事件と民事事件で判断が真っ二つに割れました。

民事訴訟は、もはや覆す証拠もないのに、国側は引延ばしのためだけに控訴してきました。
そして、民事事件を捨て、刑事事件で何が何でも私を有罪にして自分たちの責任逃れをもくろんだ方法は、一審有罪の拠り所としてきた起訴事実を二審で変更してまで、つまり、被告の供述を逆手にとる外形的事実だけで有罪を維持しようとする、許されざるべき訴因の予備的追加請求(訴因の変更)というものでありました。
控訴審の裁判官は、被告弁護側の提出した証拠をすべて不採用とし、検察側の反則的な請求だけを証拠として認める弁論を再開したのです。同年8月9日の公判のときでした。

国税、検察だけでなく裁判所までがぐるになっては、控訴審の行方は、判決を待つまでもありません。
司法の場でやりたい放題を繰り広げる彼らの所業から、法廷闘争に限界を見た私は、裁判だけでなく、あらゆる方法で権力の犯罪を弾劾する決意をしました。たとえ勝てなくても、本件事件にかかわった関係者と一人でも多く刺し違え、相打ちに持ち込む戦法です。

当ブログを開設したのも、そのような狙いからですので、登場する公務員はすべて実名です。今までの経緯を知っていただくため、ぜひ、最初からお読みいただきますようお願いいたします。

過去のブログ記事は、カテゴリーで①事件、②国税・税務署の対決、③取調べのように、○数字の順でお読み下さい。

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仇をとる3

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不可解なことである。
税務調査というものは、申告された納税額が正しいかどうかを調べる作業である。収入が漏れていないか、経費として計上してある項目が、実際に経費に該当するかどうかを、帳簿や原始資料である領収書や請求書、預金通帳等の資料で確認する。調査の過程で、不審点があれば、それを指摘し、質問して真偽をただす。そして、調査額が、申告された納税額と異なっていれば、調査官が修正申告を慫慂(しょうよう)し、それに応じなければ、税務署長が更正決定をして本人に通知する、という順序をたどる。

税務調査は、初めてではない。
数年前の前回は20万円ほど開きがあったが、当時の担当者からは収入の期別のずれという詳しい説明を受け、納得して修正申告に応じている。
今回は、質問も説明もない。そもそも、保存してある資料の大半が未調査であるのに、収入金額も経費も、丸ごと修正してきている。
確かに、帳簿等が一部未整備の部分もあり、それを整理したうえ提示せよ、という要請はあった。だから、整理して提示できるように準備していたのであるが、要請しておきながらその資料を確認もしない。
資料を確認していないから、推計という方法に頼ったのだろうが、確認しうる資料があるのに推計をよりどころに結論をだすなど論外である。しかも、申告額と調査額の開きの説明もせず、修正申告の慫慂(しょうよう)さえしないまま、いきなり、更正通知をする、などと言っているのだ。
「文書で通知する」と言っていた意味は、更正通知を指すことは明らかだった。

むろん、更正決定に対しても、異議申立や審査請求、税務訴訟等で争うことはできる。しかし、異議申立や審査請求は、更正決定をした税務署や国税不服審判所に対してするもので、いわば身内のため公平な採決は期待できない。また、裁判所の場合は、ある程度公平な判決は期待できるが、時間と費用がかかりすぎる。
何より厄介なのは、更正通知されると、その修正額の真偽いかんにかかわらず、ただちに全額納付しなければ、延滞金がどんどん加算されていく、ということだ。

(おのれ)
私は、心の中で叫んだ。
古賀財務事務官の事件を黙殺するだけでなく、こんなあくどいやり方で仕返ししてくるとは。
(汚いやつらだ)
税務署に対して不信感が起こった。
国税・税務署側との対立が次第に深まっていった。

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仇をとる2

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平成15年12月12日。
予想外の展開があった。
1週間前、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)から、支払利息の件で聞きたいことがあるから時間をとってくれ、という電話があった。
「急ぎなら、今この電話でお答えしますが」
と、私は答えた。
「電話では何だから、都合のいい日を1日とってれないか」
と、竹山財務官が言ったため、1週間後のこの日を約束したのである。

当日、竹山財務事務官は、はじめて見る部下を一人連れて、事務所にやって来た。
以前、用意しておいてくれと言われた書類も準備して応接室に入ると、竹山財務事務官は、とんでもないことを言い出した。
「税務調査は、今日で終わりにする」
「終わり?」
「調査をはじめて、もう3ケ月経つ。時間がかかりすぎている」
と言い、
「こちらの調査額と申告額ではかなりの開きがあるが、文句があれば、次の担当者に言えばいい」
と、言うのである。
「何を言っておられるか、意味がよくわかりませんが」
と、私は言った。
「修正額には納得できないかもしれないが、こちらは文書で通知します。不満があれば次の担当者に言えばいい」
再度、同じようなことを言い、メモ書きに書いた修正金額を見せた。
メモ書きにはとんでもない金額が書いてあったが、突然のことでその金額の意味が理解できなかった。
「調査を終了すると言っても、まだ、ほとんど調査していないじゃないですか。収入がもれていたのですか、経費が多すぎたのですか。私の申告した収入金額とどう違うのですか。経費関係は、まだ何も調べていないはずなのに、どうやってそんな数字を出したんですか」
私は、一気にまくしたてた。
「資料も出してもらえなかったから、収入は銀行預金の反面調査で適当に出した。経費は同業者の割合を参考に推計で出した」
「そんな、いい加減なことで、わかるんですか!」
「実際、わからないことが多かった。が、わからないからといって、課税しないわけにもいかないから、それらは所得漏れにしてあるが、文句があれば、次の担当者に言えばいい」
と、また同じことを言うのである。

資料を出してもらえなかったからといっているが、資料は求めに応じて出しており、整理の必要な原始資料は整理したうえで提示するという約束であった。提示・提出を求めもしないで、資料を出してもらえなかったとは、何事か。
現に、以前用意しておいてくれと言われた資料も、このとおり持参してきているのに、調べもしないではないか。
だが、いくら抗議しても、竹山財務事務官は、私の言葉には耳も貸さず、文句があれば、次の担当者に言えばいい、という言葉を繰り返すだけだった。

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仇をとる1

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税務署には、「仇をとる」という言葉があるそうだ。
税務署にたてつく者は、二度と歯向かうことのないように、税務調査等で徹底的に痛めつけることをいう。

政治家やマスコミも、財務省や国税庁に対しては、あまり表立って批判しないが、その理由の一つに、全国に組織網をはりめぐらす傘下の税務署を使って、仇をとられることを恐れているからである。
警察や検察の場合なら、家宅捜索ひとつするのにも、裁判所の令状がなければできないが、税務署は任意調査でも、質問検査権の名のもとに、令状なしで関連書類を自由に調べることも可能である。。
税法は経費等の細かい項目まで詳細に規定していないので、税務署側の勝手な判断を、納税者に押しつけやすい。たとえ、やましいところが全くなくても、あれこれ因縁をつけられて、調査で仕事中の大事な時間を取られること自体、大きなダメージである。

しかも、税務調査は密室で行われ、税務署側の不正が表にでないようなやり方を取っている。
第三者の立会いを要求すれば、「秘密保守義務」を理由に拒否してくる。
元来、秘密保守義務は、税務調査官が業務上知り得た納税者の秘密を、理由なく第三者に漏らすことを禁ずる規定であるにもかかわらず、納税者が連れてきた第三者の立ち会いであっても、秘密保守義務に違反するなどと、屁理屈をこねて拒否しているのである。
公平な第三者のいない密室調査ゆえに、税務調査の現場ではかなりあくどいことも行われており、税務署員によるいやがらせも、やりたい放題という面もある。
税務調査が、必ず二人以上の調査官で行われるのは、納税者との結託を他の調査官が監視して防止するという意味あいのほか、そういった不正を隠すための口裏合わせもしやすいようにという配慮も働いている。

その日、名古屋中税務署に抗議の電話を入れた。
古賀財務事務官の非常識極まる対応についてである。署長が不在だというので、電話に出た男性職員に事情を説明して抗議し、署長にも伝言を頼んでおいた。
1週間経っても何の電話もなかったため、12月8日には、名古屋中税務署の南博昭署長あてに、内容証明郵便で再度抗議した。
それからである。税務署が仇をとる行動に出てきたのは。

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古賀事件3

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「かわりました○○です」
私が言った。
「○○さんですか。反面調査の件で聞きたいことがあるのですが」
古賀と名乗る男は、所属部署や名前も名乗らず、いきなり、用件を切り出してきた。すでに伝えてあることを、わざわざ言う必要はない、という態度にとれた。
「反面調査?」
その男の態度に、私は怒りが込み上げてきた。
「反面調査で聞きたいことがあるのなら、まず所属部署と名前を正しく名乗るべきじゃないんですか。あんた、中川税務署の者と言っていたようだが、一体どこの部署なんだ。中税務署の職員か」
「それは」
「一体、どういうつもりなんですか。留守だと言っているのに、何度何度も電話をかけてきて。人の仕事を妨害する気か」
「そんなつもりじゃないですよ」
「じゃ、どんなつもりなんですか。人の都合も考えずに、そんなに急ぐ用件なんですか。2時間足らずの間に10回近くも電話をかけてきて。非常識にも、ほどがあるんじゃないか」
そこで一息ついたが、古賀と名乗る男は何もしゃべらなかった。
「そんな常識のないやり方を、税務署は勧めとるのか。あんたんとこの署長は、何て名前なんですか」
きつく詰問したが、その男は何も答えなかった。
「自分とこの署長の名前がわからないんですか」
「 ……… 」
「署長の名前は何というんです!」
重ねて聞いた。
すると、その男は
「南」
と、一言だけ答えた。
「南何と言うんです」
「 ……… 」
「下の名前は何と言うんですか!」
重ねて聞くと、そのまま電話が切れてしまった。
都合が悪くなったから、勝手に切ったのだろう。そういうところにも、倣岸さが感じられた。

中川税務署の古賀と名乗ったこの男は、古賀聡明財務事務官。名古屋中税務署に所属する特別調査情報官。
それらのことが正式にわかったのは、実にその後、1年近くもあとになってからのことである。
なぜ、この時、中川税務署員を騙ったかという真相とともに。

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古賀事件2

事務所に戻る間にも、古賀という男から電話があったと聞いた。
さすがに、私も腹が立ってきた。

中川税務署の者だと名乗っていたが、中川税務署では、そのような職員はいないという。すると、税務署の者ではなく、税務署員を騙る偽者だろうか。
税務署や警察の関係者を装って、個人の情報を不正に取得しようとしたりする例は、よくある話である。たちの悪い興信所やサラ金の取立て屋などが、よく使う手である。
また、税務職員を騙って振込み詐欺などを働くやからもいる。その男の対応から考えて、そういったたちの悪い連中の一人ということも、考えられないことはない。

だが、不正な手段で目的を達しようとする興信所や詐欺師であれば、自分たちの正体がばれないように、もっとうまく振舞うのではないか。少なくとも、あれだけ執拗に電話をし、人の話を全く聞かずに、一方的に自分の用件だけを押し通そうとすれば、相手に怪しまれてしまって目的を達成できない。
やはり、税務職員か。

確かに、税務調査に来る現場の調査官には、横柄な者が多い。しかし、最近は税務署の対応もかなりよくなっており、窓口の職員の対応などは、役所の中では一番感じがよいほどである。
令状を持った強制調査でもないかぎり、いきなり押しかけてくるようなことはなく、直接の税務調査でも、事前の連絡により、都合のよい日程を調整して行うのが普通である。
正規の税務署員が、半面調査ぐらいで、このような対応をとるだろうか。

税務署員の偽者ならば、とっ捕まえて警察に突き出してやらねばならない。また、本物の税務署員ならば、税務署員として著しく資質を欠いているから、厳しく懲戒を求めねばなるまい。まさか、このような対応を、上の者が命令してやらせているなどということは、到底考えられない。
しかし、である。
中川税務署では、そのような職員はいないという。わからない。

事務所へ帰ってから、電話の内容の録音を聞き返した。中川税務署という部分が、ナカザワ税務署というようにも聞き取れるため、国税局に電話をしてナカザワ税務署が実在するかどうか、また古賀と言う税務職員が実在するかどうかを尋ねたりもした。

それから、しばらくすると、中川税務署から電話がかかってきた。私が電話をしたときに対応した総務課長からだった。
「先ほどの件ですが」
「分かりましたでしょうか」
「照会のあった古賀という職員ですが、中税務署の者のようです。中税務署でお尋ね下さい」
「中税務署!」
私は、思わず聞き返した。

すると、ちょうどそのとき、電話が鳴った。
古賀職員からだと言う。

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古賀事件1

話は更にさかのぼる。
平成15年9月に私の事務所に税務調査が入った。
税務申告に特別不審点があったわけではなく、単なる定期的な調査だという。調査理由など、どうでもよかったので、まともに聞きもしなかったが、仕事の忙しい時期だったので、非常に迷惑なことではあった。

調査に来た税務職員は、名古屋中税務署の竹山孝財務事務官(特別国税調査官)と、河地隆雄財務事務官(特別国税調査官)の二人である。
彼らは、9月24日に事務所に来て、一日中通帳や請求書、領収書等の資料を調査し、11月12日に再度事務所に来て、前回調査したその通帳等の資料をかたっぱしからコピーして帰って行った。
そんな頃である。気味の悪い事件が起きたのは。

11月27日、その日は私の外出中に、中川税務署の古賀と名乗る男から、事務所に執拗に電話が入り、その処置で一日を棒に振り、当日の仕事の予定を大きく狂わされた。

最初に電話があったのは、午前11時30分頃である。
聞きたいことがあるから、所長にかわってほしい、というので、留守番の事務員でもある妻は、所長は外出中で留守だと告げた。
「半面調査で聞きたいことがある。いつ戻るんです!」」
男は詰問するように、厳しい口調で言った。
「帰社時間は、はっきりしていませんが、昼頃、一度事務所に戻るかもしれません」
「では、昼頃、また電話する」
12時30分頃、またその男から電話がかかってきた。
「まだ、戻っておりません」
事務員の妻が言った。
「昼頃、戻ると言ったじゃないですか!そのために近くまで来てるんだ」
「すみません、まだ戻ってきてませんので」
「所長がいなければ、あんたでもいい。所長が帰るまで事務所で待たせてもらう」
「すみません。いつ、戻るかわかりませんので」
そう言って電話を切ると、15分ほどしてまた電話がかかってきた。
「所長は、まだ戻らないのか」
「まだ、戻りませんが」
電話を切っても、10分ほどすると、また電話があった。その後、10~15分間隔で電話があり、
「まだ戻らないのか」「連絡はとれないのか」「所長の携帯電話の番号を教えてほしい」「明日の予定はどうなっている」
などと、何度も何度も電話をかけてきた。

私が事務所から連絡を受けたのは、その男からの電話が5~6回に達した時だった。
話の内容から異常な事態を感じ、連絡を受けるとすぐに外出先から携帯電話で、中川税務署に問い合わせた。
すると、電話に出た総務課長は、古賀という名前の職員は、うちにはいないと言うのである。
(そんな馬鹿な!)
その男は、確かに中川税務署の古賀と名乗っていたということを強調し、着信表示された古賀と名乗る男の携帯電話の番号も伝えて、もう一度、詳しく調べてもらうように頼んで電話を切った。そして、午後からの仕事の予定を急遽変更し、そのまま急いで事務所に向かった。

その後も、古賀と名乗る男からの電話は続いた。

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不当逮捕

弁護士のO氏に相談した後、自ら中警察署の署長に電話をかけた。
逮捕後の勾留請求等は争うことができるが、逮捕状の発令自体は法律上争う規定がない。他に真犯人がいて、その真犯人が捕まったという場合ならばともかく、本件はそのような事案ではないから、選択の余地はなく、出頭するしかしかたがない、とO氏は言っていた。

名前を名乗って用件を切り出すと、刑事課長に電話を回された。
「逮捕状が出ていると聞いたが」
と私が言うと、
「逮捕状が出とるかどうかはわからんが、一度、話はせないかんわな。いつ、来るんだ!」
と、その刑事課長はぞんざいな口調で言った。
「明日、昼頃、出頭します」
私も、無愛想に答えた。

その日も念のため、自宅には帰らず、市内のホテルで泊まった。
昼間相談した弁護士のO氏の言葉や厳しい表情を思い出し、勾留が長くなる覚悟もできていた。
しばらく、不自由な生活か。そう思うと、このまま大人しく寝るのがもったいない気がして、一人でふらりと街に出かけた。ほろ酔い機嫌でホテルの部屋に戻ったのは、夜中の2時を過ぎていた。

翌日、宿泊したホテルからそのまま中警察署へ出頭した。
12時頃、2階へあがって刑事課を訪ねると、
「おっ、来たか」
と言う声が上がって、急にあわただしくなり、目つきの悪い数人の男たちが周りを囲んだ。
取調室で対峙した刑事の1人が逮捕状を読み上げた。
容疑は、私が、税務調査に来た名古屋中税務署の竹山孝財務事務官(特別国税調査官)にカセットテープを投げつけ、殴りかかろうとして向かって行き、公務の執行を妨害したというものであった。
「今から執行する!」
刑事が私に手錠をかけた。

平成16年2月7日午後0時5分である。

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ガチンコの勝負

平成16年2月5日は、身の危険を感じて、自宅に帰らなかった。
相手は強大な国家権力である。いきなり身柄を確保されては、どんな目にあうかわからない。その日は、市内のホテルに潜伏して、これからの対応に頭を巡らせ、寝付けない一夜を過ごした。

自宅に来た警察官の人数が7~80人ではなく、7~8人の聞き違いだったことが後からわかって、いくぶん気持ちは楽になったが、身に迫った非常事態が何ら改善されたわけではない。
一体、何の容疑で逮捕状が出たのかわからなかった。けれども、冤罪なのだから、事実を明らかにする証拠をできるだけ残さなければならない。刑事事件の場合、証拠を保全するのは捜査する警察・検察側であり、証拠を隠滅するのが被疑者側であるが、本件の場合は、全く逆であった。捜査関係者に証拠をそのまま押収されると、事実をねじ曲げられて反証できなくなってしまう。

とにかく、動くしかない。時間との勝負でもある。
その日のうちに、真実を明らかにする証拠を取り寄せ、かねてからの知り合いである弁護士のO氏に電話をかけ、明日、できるだけ早い時間に相談に伺う旨を伝えていた。

翌朝、予想したとおり、中警察署の刑事が寝込みを襲って、大勢で自宅に押しかけ、子供の通学に支障をおよぼしたという連絡があった。

6日は、朝早く目が覚め、ホテルを出てしばらく喫茶店で時間をつぶした。電話をすると、弁護士のO氏は中村警察署で被疑者との面会があるため、事務所に戻るのが遅くなるとのことづけがあったからである。その間も、常に周囲に警察の目があるような気がして落ち着かなかった。

弁護士のO氏に会って、手元にある証拠文書や写真を提示していきさつを話すと、彼は非常に厳しい表情になり、一点を見据えた。
そして、「これはガチンコの勝負になる」と、一言呟いた。
その時点では、まだ私は、何かの間違いだろうという楽観的な気持ちがどこかにあった。事態をそれほど深刻には考えていなかったため、O氏のその言葉を聞き流してしまっていた。

その後、刑事事件に強いO弁護士の言葉どおりの展開になろうとは。

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牙を剥いた権力

平成16年2月5日木曜日、仕事で外出していた私の携帯電話に、家族から緊急の連絡が入った。
聞くと、今、自宅に、中警察署の警察官が7~80人来ていると言う。逮捕状が出ており、私を捜していると言うのだ。

「警察が7~80人?、逮捕状?」 突然のことで、まったく事態が理解できなかった。
なぜ、自分が警察に逮捕されなければならないのか。7~80人といえば、暴力団本部のガサ入れなどで動員する人数である。7~80人の警察官が、自宅周辺にたむろしていることを想像すると、一瞬、身震いを覚えた。

冷静さを取り戻して、状況を尋ねると、刑事の1人が、本件の容疑は、中税務署の職員とのいざこざの件だと言っていた、と言うのである。
言われてみれば、税務職員とのトラブルは、確かにあった。
しかし、私が刑事事件で逮捕されるようなことをした覚えはなく、むしろ、その税務職員こそ、厳しく責任を追及されねばならない不正行為を働いていたのである。
その税務職員の不正行為につき、直属の中税務署の署長や国税庁長官らに対して、今まで、再三文書や電話で抗議してきたが、無視するばかりで、何の対応もしなかった。そのため、これまでどおりこのまま黙殺して何も対応しなければ、訴訟を提起して法的手段に訴えると内容証明郵便で厳しく最終警告した。
それでも、民をなめきっているのか、抗議の文書が責任ある者まで届かなかったのか、やはり何の反応もなかったのである。

やむをえず、警告どおり、同年2月2日に国を相手に民事訴訟を起こしたところ、驚いたことにその3日後に、いきなり警察が逮捕に来るという、すさまじい反応を示したのだった。

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