権力の呪縛

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2月26日になった。
留置場の生活は、3度の食事と取調べぐらいで、変化のない単調な生活である。食事以外の楽しみといえば、一日20分程度の運動時間と週に1回の入浴ぐらいである。
運動時間といっても、特別何か運動するわけではない。コンクリートの壁に囲まれた空間にゴザを敷き、数人が順番にそこに座って、房内で禁止されている喫煙や新聞の閲覧をして時間を過ごすだけである。
タバコを吸わない私には、運動時間も、楽しみと言えるほどのものでもなかった。

一通り取調べが終わると、房内から外へ出る機会が極端に減る。一日が非常に長く感じられた。
「旦那さん、明日決まるね」
同房のU氏が話しかけてきた。
起訴か、不起訴か、ということである。不起訴であれば、釈放だった。
U氏は、すでに起訴されていた。彼は事件の経緯や経歴、身の上話し等をいろいろ話したがる性格なので、私は、彼の人生相談の相手にもなっていた。
私は、どちらかといえば無口な方で、自分から事件や身上に関することは話さない。
たとえ、事件のことを話しても、
「国と喧嘩したって勝てっこないんだから、やめときなよ」
と言われるだけだから、詳しくは話さなかった。
ただ、彼のことをいろいろ聞いた関係で、私も事件の概要だけは話していた。
O弁護士は、まず不起訴だと思うと言っていたが、彼は間違いなく不起訴だと言ってくれていたのである。むろん、何の根拠もなかったが。

取調べを通じて得た感触は、国税と警察だけの関係で動いているものではない、ということだった。
2月7日に逮捕され、2月9日に勾留が決定したが、実は、その3日後の2月12日には、名古屋中税務署長の南博昭名で私の事務所に所得税の更正通知書が送付されていたのである。
O弁護士から、数日遅れてそのことを面会の時に聞いたのであるが、この手際よさは、私が国相手に民事訴訟を提起した3日後に、いきなり警察が逮捕に来た時と同じであった。

勾留の決定を待ち構えて、本人のいなくなった事務所へ更正通知を送りつけてきているのである。異議申立、審査請求、税務訴訟等は、どこにいても法律上は可能であるが、拘禁の身では、証拠書類の収集や弁明等の都合上、実際問題としては、非常に困難であった。事実上、それら救済の道が閉ざされたに等しい。

また、検察官の取調べに及ぶ姿勢にも非常に厳しいものがあり、警察官は私に有利な物的証拠は、一切調べようとはしなかった。供述調書そのものは、事実に即して作成させたが、それを裏付ける物的証拠は何ら調べなかったのである。
私が持参した現場の証拠写真や、事務所に保存してある投げたカセットテープケースの破片も調べなかった。竹山財務事務官らの供述の偽りを明らかにする事務所の電話の録音も、私が調べてくれ、と言っているのに調べなかった。
犯行状況を再現する写真撮影も、実際の状況がわかる私の事務所ではなく、全く状況の異なる中警察署内の広い宿直室で行った。
現場引当てのときも、私の事務所のあるマンション全体を、外から写真撮影しただけで、肝心の現場となった事務所の応接室には入ろうともせず、そこでの質問を避けるように終わらせたのである。

単独な動きではない。
国税、検察、警察が連動して動いていることは間違いなかった。
(戦うには、ここを出なければならない)
そう思っても、何ともならない。
権力が、じわじわと真綿で首を締めに掛かってくる。体が自由にならないだけに、その力がより強大に感じられた。

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検事調べ

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平成16年2月24日、その日は一日検事調べだった。
朝9時に東警察署を出て検察庁に向かい、留置場へ帰ってきたのは、夜の7時を過ぎていた。途中、昼食や昼の休憩はあったものの、実に長い取調べである。同行した警察官が、あまりの長さに愚痴をこぼしていたほどである。

昨日、O弁護士が面会に来たとき、私は、明日は検事調べだと伝えていた。
彼は、以前申し立てた準抗告の棄却理由の注目事項に触れ、
「8:2か7:3ぐらいの確率で不起訴だと思うが、くれぐれも対応には気をつけるように」
と、言った。
検察官も人間である。取調べの際に、口の利き方や態度が悪いと、何でもない事件でも、売り言葉に買い言葉で起訴してくることもあるから、気をつけたほうがいい、と言うのである。
「中途半端な不起訴より、裁判で白黒つけた方が物事の真相がはっきりして、いいのではないでしょうか」
と、私は言った。
前回行われた検事調べの雰囲気から、起訴される可能性が高いと感じていた私の強がりでもあった。
「そうは言うけど、仕事を持って刑事裁判一つ抱えると、ほんとに大変だよ」
そう言って、O弁護士は、取調べ時の対応には、極力注意するようにと繰り返し言っていた。

その日の検事調べが長くなったのは、勾留期限が迫っていたことによる。
9日間の勾留延長が2月18日になされたので、27日までに起訴しなければ、私を釈放しなければならない。
検察としては、あまり悠長に構えていられなくなったのだろう。事件全体の取調べに関する供述調書の作成を、今日一日で終わらせようとしていた。

私の性格を気遣ってか、O弁護士は口の利き方や態度に注意するように言っていたので、細かいことはできるだけ逆らわないよう留意した。が、事件の核心部分については、事実を曲げることはしなかった。
検察官の性格が性格だけに、事実を貫くことも大変だが、たとえどんな拷問を受けても、事件の核心部分をねじ曲られることは私の性格が許さなかった。

当初、竹山孝財務事務官(特別国税調査官)や河地隆雄財務事務官(特別国税調査官)らの供述内容が全くわからなかったが、警察や検察の取調べを通じて、断片的ながら徐々にそれがわかっていった。

竹山、河地両財務事務官は、二人で口裏を合わせて虚偽の事実を作っていた。
1月23日の調査結果の説明の際、応接室で向かい合って話していると、機嫌を損ねた私が、
「お前らは、いい加減だ」
と言って、ソファーに座ったまま、いきなり持っていたカメラでバシャバシャと両名の写真を撮りだした。
二人で制止すると、一旦は撮影をやめたが、また写真を取り出したので、竹山財務事務官は、写真の撮影をさけるため、席を立って応接ソファーの東横まで移動した。移動したのは写真撮影を避けるためで、撮影をやめればまた元の席に戻って調査結果の説明をするつもりだった。
その後、私が怒鳴りまくり、携帯電話の番号の件でもめると、怒号しながら4本ないし6本のカセットテープを竹山財務事務官目がけて投げつけてきた。そして、カセットテープを投げつけると同時に、殴りかかろうとしてつかつかと竹山財務官に突進して行った、というものである。

検事調べでは、両財務事務官の供述との違いを厳しく追求してきたが、彼らが嘘を言っているので、正しく訂正して供述し、事実をありのまま調書に記載させた。事件の核心以外の細部では、あまり反論しなかったので、ところどころ事実と違っている部分もあったがたいしたことではなく、概ね満足のいく調書になったと思った。

ただ、竹山財務事務官が、応接室から玄関に通ずる事務室の方へ出て行ったときの姿勢の説明に、一つ問題があったのである。
応接室から出て行くときの姿勢など、本件の被疑事件に関しては大して重要なことではない。そう思って私は何の注意も払わなかった。
小池検事が、
「竹山財務事務官は、半身の姿勢で出て行ったのだな」
と、半身の表現にひどくこだわっていたが、私にはこの半身の意味がよくわからなかった。
どうでもいいことに思えたし、長時間の取調べで疲れてもいた。
私は、注意も払わず、小池検事の言うままにその表現で供述調書に記載させたが、実はこの半身の表現が、彼ら国家権力が仕組んだ本件事件の要だったのである。
その時は、そんなことには全く気付きもしなかった。それがわかったのは、後日のことである。

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冤罪の土壌3

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まことに、ひどい話である。
検事調べの時に、供述調書は警察に強要されて無理やり作成されたと訴えればよいではないか。
私がそう勧めても、
「どうでもいいんよ。何にもないけん」
と、U氏は言う。
すべてを失って、自暴自棄になっているようであった。
身の回り品の手配などで、借りを作った精神的な負い目もあるのだろう。拘禁されると、些細なこと、当たり前のことでも異様に過敏に反応する精神状態に陥ることは、私もいやというほど味わっていた。
それでも、警察に対しては、強い恨みを抱いていた。

「出たら、刺してやる」
と、物騒なことも言っていた。
そんなことをしなくても、検事調べのときに供述を翻すか、それができなければ、裁判で供述を一転させればよいではないか。警察に都合のいい供述調書を作成された経緯を暴露するだけでも、出世主義で人間性の欠落したその警部補に対する十分な報復になるはずである。
「どうでもいいんよ。何にもないけん」
なにか言っても、U氏は口癖のように、その言葉を繰り返すだけだった。

冤罪を生む要素は、ほかにも多い。
供述調書の作成の仕方も、そうである。作成方法は警察でも検察でも全く同じであるが、問題点は次のとおりだ。
①供述調書に作成年月日を明記しないこと
②文中の供述内容の訂正印やページ間の割印は、作成者である警察や検察しか押印せず、被疑者には捺印(指印)させないこと

なぜ、これらが問題かというと、供述調書が警察等によって勝手に偽造、変造して下さい、と言っているようなものだからである。

供述調書は、供述の最後に被疑者に署名させた上、指印で押捺させるが、その次には、
「以上のとおり録取して読み聞かせたところ誤りのない旨申し立て署名指印した」という文言を入れ、次いで「前同日」と書くだけで作成日付を全く明示せず、その後に当該供述調書の作成者である警察官や検察官が署名捺印して終わりなのである。

なるほど、供述調書の最初のページには「上記の者に対する○○○被疑事件につき、平成○年○月○日愛知県中警察署において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した」として、取調べの年月日が入っては、いる。
しかし、訂正箇所もページ間の割印も被疑者には捺印(指印)させないのであるから、被疑者が署名指印した最後のページだけ残して、後はバソコンでどのようにでも作り変えれるのである。

割印や訂正印は、本来、一部の者によって内容が勝手に偽造、変造されないよう、その文書の作成にかかわった者全員で捺印するものである。
陳述書や上申書などのように作成にかかわった者が一人だけであれば、その作成者一人が捺印すれば済むが、供述調書は、そうではない。
供述調書は、被疑者の供述を、供述どおり間違いなく文書にするという性格のものであり、本来被疑者自らが作成すべきものを、便宜上取調官に作成させているだけである。
取調べの担当者はただの代筆者であり、調書の内容を供述の本人である被疑者に無断で訂正したり変造したりする権限はない。権限はないにもかかわらず、偽造変造を防止するための割印等が代筆者たる取調官だけで、肝心の供述の本人である被疑者には捺印させないというのは、いかにも矛盾した話である。

作成者は警察官や検察官だから、割印や訂正印も警察官や検察官のみが押印すべきものだという屁理屈は、一般社会では通用しないが、閉鎖された特殊の取調室という社会では、それが常識として通っているのである。

検察庁の研修を受けていた司法修習生当時の話として、供述調書がうまく変造できるようになったら、一人前の検事だと現職の検事が酒の席で言っていたと、ある弁護士が語っていたが、そのようなことを簡単に行えるシステムが放置されていることは、法治国家として非常に大きな問題ではないだろうか。

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冤罪の土壌2

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U氏は、指名手配されていることを知らなかった。
自転車の無灯火で職務質問を受け、話を聞くだけだという言葉を信じて近くの交番へついて行ったところ、逮捕され、そのまま移送されてしまった。

従って、所持金もわずかしかなく、着替えの衣類等の用意もない。留置場の運動時間に許されている好きなタバコの喫煙も、持ち合わせがないからできなかった。
留置場の生活は、3度の食事や寝具、洗面用具等の必需品は支給してくれるものの、それ以外にも何かと必要となる日用品も多い。
厳寒の2月である。暖房設備のない東警察署の留置場では、厚着をしていないと、とても過ごせない。
私など、夜寝るときでも、ズボンや靴下をはいたまま寝ていたものだが、着の身着のままで移送されてきたU氏には、着替えや防寒用の衣類がなかったのである。
拘禁された以上、日用品等の手配を誰かに頼まなければならないが、頼めるような身内や親しい知人もいなかった。となれば、取調べの担当刑事に頼むしかないのである。

「正直に言うんだな」
担当の警部補は、面倒をみてやるから、正直に話せというのである。
ところが、正直に話せば話すほど、罪状からは遠ざかった。当然である。
「まだ、正直に話しとらんな」
警部補は陰湿だった。
初犯の被疑者にとっては、法律の知識などほとんどない。
金を返さないこと自体が犯罪だ。工事に全く着手していないから、当然詐欺だと認定される。細かいところで否認すると、却って罪が重くなる。悪いことは言わないから、俺の言うとおりにせよ。被害金額からすれば、多分執行猶予がつく。一通りの供述調書ができたら、必需品を取り寄せるようにしてやるからと、タバコを勧めながら言葉巧みに誘導して、都合のよいように罪状を固めてしまったという。

「動機が弱いな」
事件当時、U氏の銀行口座には30万円ほどの残金があったため、当面の生活費にひっ迫して反抗に及んだという供述調書に、一度、検事が異議を唱えた。
だが、疑問点を指摘されると、その警部補は、また、もっともらしく供述調書を作り変えてしまったという。
次の検事調べのときなどは、U氏に供述を翻されないようにすぐ後ろで厳しく監視し、休憩時間の合間には、
「こう質問されたら、こう言うんだぞ」
と、細かく指示をする念の入れようだったという。

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冤罪の土壌1

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警察や検察の取調べは、冤罪を生みやすいようにできている。

同房のU氏も冤罪だ。
彼はもともとは九州の出身だが、名古屋で暮らすようになってから、すでに20数年経過していた。
市内で小さな会社を作って工務店を経営していたが、数年前に体調を崩し、医者にみてもらうと、B型肝炎と診断され、あと5~6年の命だと言われた。前途を悲観し、生活がすさんだ。
やがて、事業が破綻して妻と離婚し、子供たちとも別れてから、関東で一人孤独な生活を送っていたところ、警察に逮捕され、名古屋の北警察署に移送されてきたのだった。
彼は当初、なぜ逮捕されたか、わからなかったと言う。

被疑事件は、工務店を経営していて事業が行き詰まりつつあった当時のこと。
市内のある有力者から建物改装業務を受注し、300万円近い前受金をもらったが、すでに自転車操業に陥っていた彼は、その前受金の大半を他の返済に当て、わずかな残金を本件工事に着手するため、仕事を委託する下請業者に支払った。
その下請け業者が破綻し、受注した工事が施工できなくなり、彼の会社も、そのあおりを受けて倒産した。
業務を発注したその有力者は、前受金の回収が不能になったため、親しくしていた北警察署の署長を通じて彼を詐欺罪で訴えたというものである。

建築業界ではよくある話である。民事上の債務不履行の問題であって、刑事事件ではない。その有力者がU氏に工事を発注したのは初めてではなかったというし、だましてお金を取ったわけではない。詐欺罪など成立する余地はないというべきだろう。 

彼の取調べを担当したのは、30代前半の若い警部補で、今年警部の昇任試験を受けるという刑事であった。出世欲が強いことは、ノンキャリアながら20代後半で、すでに警部補になっていた事実が証明していた。
以前、「事件の真相を究明するというものではなく、自分の出世のためだけに、半ばだましのような手口で都合のよい供述を引き出させる警察官もいる」と、述べたことがあったが、それはU氏の取調べを担当したこの刑事のことである。

若い警部補は、警察官の誇りよりも警部の昇任試験を大切にしていた。試験に合格して警部に昇任するためには、仕事上のミスも許されない。
所属する署の署長を通じて被疑事件に取り上げられたU氏の事件を、検察の段階で不起訴にされてしまうような不手際だけは避けねばならない。一旦逮捕した被疑者が不起訴になれば、不当逮捕の印象を世間に与えてしまうことになりかねないからである。

日本の場合、自白を取り、もっともらしい証拠をつけて起訴に持ち込めば、裁判でひっくり返るようなことなどまずありえない。
警察が何が何でも自白に追い込もうとする背景には、こうした事情があった。

  

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自省の念

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2月20日、いつものようにO弁護士が面会に来た。
前日申し立てをした準抗告の棄却の報告である。

棄却はされたが、棄却理由の中に注目すべき事項があった、とO弁護士は言った。
それは、
「本件の起訴不起訴を決定するにあたっては、被疑者、被害者及びその関係者の取調べが不可欠であるところ、これまで被害者や関係者の取調べが行われてきたものの、これらの者についていまだ細部にわたる検察官調書の作成に至っていない状況にある」       
という部分である。
この「起訴不起訴を決定するにあたっては」という文言は、めったに見られるものではない。今までの状況からすると、こんなのは起訴するような事件ではなく、不起訴事案だよと裁判所が判断して、検察に暗に起訴しないよう勧告している表現だ、というのである。
「もちろん、100%ではないが、8:2か7:3ぐらいの確率で不起訴だと思う」
と、O弁護士は言った。
「そうですか!」
その言葉を聞いて、私は一瞬喜んだ。声が弾んでいたかも知れない。
しかし反面、その言葉に心底喜べないわだかまりもあった。

それは、前日に行われた検事調べの雰囲気にあった。
担当検事は、小池光夫という検察官だった。ヘビのような目をした検事で、およそ笑ったことなどないという非情な雰囲気を持つ年配のベテラン検事だ。
その検事調べが、尋常ではなかった。

まず、税務職員の不正について中税務署長や国税庁長官らに抗議の誓願をしていた件については、税金の支払いを免れるためにしたのではないか、と激しく攻めたててくる。
書面で平穏に抗議して、税金の支払いが免れたなどという話は聞いたことがない。そんなことなら、納税者はだれでも抗議するではないか。
そんな理屈を少しでも言おうものなら、声を荒げ、真っ赤な顔をして抑え込んでくる。
「世間でも、社長を出せとか、支店長を出せとかいうような者にろくな者はいない。そういうことを言う者は、悪巧みを持つ人間だ!変な魂胆があったんだろう!」
私は税務署へ行って、署長を出せと怒鳴ったわけではない。竹山財務事務官(特別国税調査官)が正しく説明しないので、電話や書面で同席を求めただけである。

「カセットテープはパーティションに投げた?税務職員に投げたんじゃないのか!二人ともそう言っとるじゃないか!」
それは違う。
当たった場所を写した写真も持参していると、いくら真実を訴えても、耳を貸そうとはしなかった。
「仮に、パーティションに投げたのが事実だったとしても、それは相手に脅威を与えて公務を妨害するためにやったんじゃないのか!」
「公務の妨害?」
相手がうそばかりついて、説明業務を放棄したことに確かに腹はたてたが、事件にならないよう、その怒りの爆発を抑えるために行ってしまった行為である。大人気ない行為ではあるが、犯罪に問われるような行為ではない。
それに、そのとき竹山財務官は、脅威など全く感じておらず、怒った口調で言い返してきたのだ。
そのように説明しようとすると、話を最後まで聞かずに途中で、
「目の前で物を投げれば、脅威を感じるに決まっているじゃないか!」
と、また怒鳴りつけてくるのである。

「私には公務を妨害するメリットなんか、何もありませんよ」
竹山財務官は、何ら調査結果の説明をしようともせずに、更正処分を目論んでいた。正しい調査結果の説明を求めていたのは私の方であり、それを避けようとしていたのが竹山財務官である。
事件になっている1月23日の税務調査も、説明のためだけに来たのである。私が聞きたかった説明を暴力で排斥すれば、更正処分をされた上、何らかの刑事罰を受けることぐらい当然にわかっていた。
だからこそ、散々うそをつかれ、つぼまで割られて否認のうえ逃走されても、殴りつけたい感情を抑え、相手には指一本触れずに写真を撮っていたのである。
そのように説明しようとしても、話し自体まともに聞こうとはしなかった。
「メリットがないから犯罪をしない?世の中は、メリットにならないのに犯罪を犯す人間の方が多いんだ!」
と、大声を張り上げて、自説を押しつけてくるのである。

私は、閉口した。
何を言っても無駄である。事実を詳しく調べて罪状を決めるというのではなく、最初に罪状を決めつけて、それに合うように事実を作り上げていくというやり方なのである。

もう、どうなってもいいから、目の前の机をひっくり返し、この傲慢な検事を殴りつけたいような衝動にもかられた。
と同時に、自分も今まで、立場の弱い子供たちに、父親づらして一方的に意見を押しつけるだけの傲慢な態度をとってはいなかっただろうか、という思いも去来した。
これからは、まず、言いたいだけ言わせてしっかり話しを聞いてやらねばならない。
そんな自省の念を、小池検事は与えてくれた。

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勾留延長

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2月18日、10日間の勾留期間が切れることに伴って、O弁護士から、事前に勾留期間の延長請求に対する意見書が提出された。
が、名古屋地方裁判所の渡辺諭裁判官は、被疑者取調未了、関係人取調未了を理由として、9日間の勾留延長を認めた。
法定最長勾留期間の10日より、1日少ない日数である。被疑者側の事情も考慮したという配慮かも知れないが、こういうしみったれたところに、事なかれ主義の染み込んだ公務員の保守性が現れていた。

翌19日、O弁護士から勾留延長の裁判の取り消しを求める準抗告の申し立てがなされた。
申立理由の要旨は次のとおりである。
被疑者取調未了、関係人取調未了の事実が仮にあっても、それは司法警察員の職務怠慢によるものである。事実を事実として認めている被疑者に、不利益となる形で勾留延長を認めるべきではなく、犯罪捜査の原則に還って任意捜査とすべきである。

事実は、税務調査にあたって嘘ばかりつき、説明業務を途中で放棄して勝手に帰ろうとした中税務署員の倣岸な態度から口論になり、カセットテープをぶつけることで怒りを静めようとした被疑者の行為が、歪曲されて事件が構成されているものである。
被疑者がカセットテープを当てた場所は、被疑者の領域内のパーティーションである。被疑者が座っていた一人用のソファーの横であり、河地税務官が竹山税務官と座っていた3人用ソファーの方ではない。

以上の経過は、写真や現場を見たうえで、関係者から供述を取れば容易に明らかになるものであり、被疑者は当時の現場の状況が明らかとなる写真やそのネガフイルムも持参して中警察署に出頭している。

ところが、捜査を担当する司法警察員は、全く効率的に事件を処理しようとしなかった。
2月10日、2月12日、2月16日、2月17日の4日間の取調べにおいて供述調書2通を作成するまでの時間は、延べ4時間15分に過ぎない。
これは、接見禁止付の拘留期間10日間を有効に利用したとはとてもいえない。逆に、期間内に必要な捜査をしないで漫然と延長を請求していると評価できる。
被疑者は接見禁止による勾留により全く仕事ができず、本件事件終了後の生活に不安を抱くに至っている。被疑者をことさらに追い詰める勾留延長決定はすべきでない。

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同日、本件準抗告を棄却する、という決定がなされた。
平成16年(む)1352号 決定
下記3名の裁判官による合議である。
平成16年2月19日
名古屋地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 片山俊雄
裁判官 岩井隆義
裁判官 小松秀大

理由を記した別紙は次のとおりである。
一件記録を検討すると、被疑者が税務署職員らに対し暴行を加えた事実はないなどと被疑事実を否認している上、犯行に至った経緯についても被疑者と被害者らの供述には食い違いがある。
そこで、本件の起訴不起訴を決定するにあたっては、被疑者、被害者及びその関係者の取調べが不可欠であるところ、これまで被害者や関係者の取調べが行われてきたものの、これらの者についていまだ細部にわたる検察官調書の作成に至っていない状況にある。       
かかる事情に照らせば、9日間延長してさらなる捜査を進めることはやむを得ない事由があると認められる。
なお、一件記録から認められる捜査状況に鑑みれば、弁護人が主張するような捜査官の怠慢等があったとは認められない。
よって、原裁判に違法、不当の点はなく、本件準抗告には理由がないから、これを棄却する、というものであった。

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取調べ3

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房を出て留置担当官の休憩場の壁に掛かっている時計を見た。7時を指していた。遅い取調べである。

山本刑事は、いつも若い伊藤昌弘という巡査を伴ってくる。
この日は、竹山財務事務官(特別国税調査官)らの税務調査に関する部分についての供述調書が作成されたが、その作成に、就寝間際までかかってしまった。昼間時間をもてあましているのだから、もっと早く取調べにくればよさそうなものなのに。

私は先日話したつぼ破損の件を持ち出した。
すると、山本刑事は、
「それは、器物損壊罪にはならないんじゃないの」
と言ってきた。
「持ち上げて投げつけたり、手で払い落としたりしたものじゃない。出て行くとき、肩に触れて割れたらしいが」
故意ではなく、過失だと言うのである。過失では刑法上の器物損壊罪は成立しない。
12日に私から話を聞き、竹山財務事務官らに事情を訊いたのだろう。
故意でなければ、つぼ代金の賠償は民事訴訟で求めるしかない。もちろん、警察がそんなことをわざわざ言うことはなかったが。

本事件で警察に出頭する前に、私は、国税庁長官らに送りつけたつぼ破損の現場写真や請願書、並びに郵便物配達証明書等のコピーをO弁護士に渡してきた。
と同時に、つぼ破損の現場写真を、ネガフイルムとともに持参して警察に出頭したのである。

O弁護士は、私が警察に出頭するとともに、それらを裁判所と検察庁に送っている。その時点ですでに事件がでっち上げられてしまっていたが、逮捕による取調べで、冤罪事件が固められてしまうのを恐れたからである。
それと、警察が逮捕状を持って逮捕しに来た時点では、まだ罪状がはっきりしなかっただけでなく、権力の介入がどこまで及んでいるかわからなかった。

警察は権力や時の実力者に容易になびくが、検察は必ずしもそうではない。検察官独立の原則というものが確立されており、他省庁や政治家の介入に簡単に迎合するものでもないから、警察と連動して動くかどうか、わからなかったのである。
警察と検察の連動がなければ、逮捕後の取調べで真実が立証されれば大事には至らない。そのために打った先手手段だった。

警察は竹山財務事務官がつぼを割ったことを知らなかったし、竹山財務事務官もその事実を述べていなかったことがはっきりした。
私が持参したつぼ破損の現場写真は調べようともしなかったが、O弁護士が検察に送っているはずのつぼ破損の現場写真も、警察は見ていないのだろうか。

《つぼ破損の現場写真》 画像をクリックすると大きくなります

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《請願書等の配達証明書》 画像をクリックすると大きくなります

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取調べ2

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2月12日の取調べ。
逮捕当日と翌日は身上に関するくだらない質問事項で供述調書が作成されたが、その日以来の取調べによる供述調書の作成となった。
その際私は、取調べを担当する山本刑事に、竹山財務事務官が私のつぼを割ったので、器物損壊罪で告訴したいと訴えた。

「つぼを割った?」
山本刑事は、全くはじめて聞く事実だったとみえ、やや驚いて尋ねてきた。
私はつぼが割れた経緯を説明したが、その前後の話は聞こうともせず、割った瞬間だけに関心を示した。
「どういうふうに割ったかが問題だ」
つぼを両手で持って床に投げたのか、手で払って台から落として割ったのか。
山本刑事はそうつぶやきながらも、その事実を疑っているようでもあった。私が更に詳細に説明しようとしても、
「そんなことは訊いてない」
と、話を遮るだけだった。

それから3日間、何の取調べもなかった。
むろん取調べなど楽しいものではないから、ない方がよさそうなものだが、取調べがないと一日中缶詰状態で時間がおそろしく長く感じられ、精神的に、より大きな苦痛を覚える。取調べは、ある意味勾留生活の気晴らしのようなものであり、なくても困る存在だった。

2月16日になった。
取調べもないので、留置場備付けの推理小説や歴史小説を読んで退屈を凌いでいたが、気分が乗らないときは、好きな小説でも集中できない。読書も、どんな本を読むかではなく、どんな環境で読むかの方が大事だということを、初めて知った。

夕食になった。
やっと6時か。時計が見られないため、時刻は3度の食事で判断するしかない。
楽しみがないから、食事時間だけが待ち遠しくなる。食べることそれ自体より、時間が経過した証が得られることが、うれしいのかも知れない。

私の場合は、弁護士のO氏が毎日面会に来てくれたので、精神的にはかなり助かっていた。その後も、検事調べなどで行き違いになった日を除いて、一日の例外もなく、面会は続けられたのである。

夕食が終わると、各自が順番に房内に布団を入れる。布団を入れてから就寝の9時の消灯までは、比較的時間が短く感じられる。
「あーあ、今日も終わったね」
布団を入れ終わると、U氏がつぶやいた。

布団に入ってしばらく読書にふけっていたら、ガチャリと鈍い音がした。扉のカギを開錠する音である。
「○○、取調べだ」
留置担当官の声だった。

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取調べ1

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警察の取調べは、遅々として進まなかった。
被疑者が黙秘しておれば取調べは進まないだろうが、私の場合は黙秘はせず積極的に話そうとしているのに、先へ進まないのである。
だいたい取調べ自体がなかった。同部屋のU氏や他の被疑者は一日2~3回取調べで部屋を出て行くが、私の場合は取調べがない日の方が多かった。
「今日も取調べ、なかったねえ」
U氏に、よくそう言われた。

取調べは屈辱である。
権力を背景とする立場の強い者が複数で、拘禁状態に置かれ先行きに不安を抱える精神状態の、立場の弱い一人の人間を取り調べるのである。
その優位な立場を利用して、まるで日頃の警察業務のストレスを、取調べの場ですべて発散しているような激しい言動でのぞむ警察官がいる。あるいは、事件の真相を究明するというものではなく、自分の出世のためだけに、半ばだましのような手口で都合のよい供述を引き出させる警察官もいる。
拘禁されている被疑者など人間扱いしていたら、仕事が円滑に進まないからかもしれないが、社会正義を標榜する本来の姿勢には、ほど遠いものがあった。取調べに名を借りた、体のいいいじめが、いわば日常的に行われているというのが取調室の実態だ。

私の担当刑事は、山本晋という巡査部長だった。
30代の前半だろう。頭を短髪に刈り上げ、ヤクザ者のはく派手なズボンに黒っぽいジャンバー姿といういでたちが多かった。肩をゆすって歩く癖がある。年が若いせいか、ヤクザ者やチンピラ達になめられまいとして、かなり背伸びしている感じを受ける。
意識してのことかどうかわからないが、対峙して人を見るとき、首を振ってあごを突き出し、下からなめるような目で見てくるのである。
「うそを言っとるな!おら、おら、ほんとのこと言えよ」
と、態度で訴えているようなしぐさだった。
うそのかぎりをつくすたちの悪い被疑者と毎日のように接していると、自然にそのような習癖が身につくのかもしれない。

山本刑事に会ったとき、人相が悪いな、と最初思った。私も人相はよくないので人のことは言えないが、刑事課の警察官は、ヤクザか警察かよくわからないような者が多い。

取調べに入ったとき、最初に、言いたくないことは言わなくてもよい、と黙秘権があることを一応伝えてはくるが、法律に規定があるから形式上告げるだけで、その後は、言いたくないことほど無理やり言わせるのが取り調べの本来の姿である。

逮捕の当日など、まことにくだらない質問ばかりだった。
本人の名前や住所の質問は当然だろうが、妻や母親の年齢、国籍、子供の年齢や通っている学校などをねちねち聞いてくるのである。
自分以外の家族のことを根掘り葉掘り質問されると、気味が悪くなる。本事件に、何の関係があるのだ。特に妻や娘のことをしつこく聞かれると、何か下心でもあるのではないか、と疑いたくなる。

私自身のことについても、ろくな質問はなかった。
性格はどんな性格だ、怒りっぽい方か、おっとりしている方か。友達はどんなような友達だ、友達の人数は多いか少ないか。人には好かれているか。収入や財産はどれだけだ。趣味は何だ。嗜好品は。怪我はあるか。病気はしたか。休みの日は何をしている、といった調子である。
私が話したい肝心の事件のことは、全く質問しないのである。

だいたい、自分の性格を言えと言われても、一言で言えるようなものではない。気が長いか短いかと質問されても、はっきり分類できないのだ。
その日の気分によって怒りっぽくなったり、悠長にふるまったりするのが、大多数の人間である。理性的な面と感情的な面を併せ持ち、真面目な部分と不真面目な部分が交錯して、時と場所によりそれらが異なって顕在化するのが普通の人間である。短気な性格だとか、真面目な性格だとかいうように、一言で性格を表現できるような人間などあまりいないのだ。

私は、こんな質問に、いちいち真剣に答えるのがばかばかしくなった。
しかも、環境の急激な変化で疲れてもいた。
「もう、言いたくないですわ」
と私は質問を遮った。
すると山本刑事は、上体を後ろに反らし、非常におおげさに驚いたふりをして、
「こういう身上のことで正直に話してくれんかった者は、いままでおらんかったなあ」
と、あごを突き出し、なめるような横目使いで私の方を見ながら言った。

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