警察の犯罪

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

平成16年3月7日。
保釈を許可した裁判官への礼状を投函して、自宅近くのディーラーへ向かった。
車検に出してあった自分の車を取りに行くためである。

車検代をクレジットカードで清算するため、利用票にサインしてしばらくロビーのソファーで待っていたが、なかなか名前を呼ばれなかった。クレジットカードの清算など、たいして時間がかからないはずなのに、異常に長時間待たされたのである。

どうも様子がおかしかった。いいかげんしびれを切らした。
事情を訊こうとして立ち上がろうとすると、
「○○さん、ちょっといいですか」
と、サービス課の係長が声をかけてきた。
「すいません、ちょっと電話に出てもらえませんか」
と、その係長は私に言った。
カード会社の担当者と電話中で、カードの所有者本人にかわってくれということだった。
電話に出ると、いきなり、私の名前と生年月日や住所を訊いてくるのである。それらを答えて、
「どうかしたのですか」
と、私は尋ねた。
すると、1週間ほど前にカードで何か買っていませんかと、逆に質問してきたのである。
「いや、何も買ってませんが」
と、私は答えた。
私も、一応クレジットカードは持ってはいるが、買い物はほとんど現金決済で、カードを使うのは年に3、4回ぐらいしかない。前回カードを使ったのは、もう数ヶ月も前のはずだった。

カード会社の担当者は、事情を説明した。
1週間ほど前、このカードを使って15万円ほどのルイビィトンのバックと、8万円ほどの時計を買おうとして、失敗した事件があったばかりだと言う。場所は関西のデパートだというのである。
道理で本人確認が厳しいと思った。

関西など行ってもいないし、むろんカードも使用していない。
その担当者によると、どうも私のクレジットカードはスキミングされたらしい。
スキミングの手口としては、カードを扱う店舗の店頭に設置された読み取り装置内に、読み取られたカードの情報を記録する部品を不正に組み込まれたり、カードを一時的に盗んで、スキマーを利用して情報を読み取るといった手口が知られている。
前者の場合だと、狭い範囲で被害が集中して多数出るので、私の場合はこれに該当する可能性は低いから、後者ではないか、とその担当者は言った。

その話を聞いて、私は愕然とした。
クレジットカードをスキミングした犯人が、何と警察官だったからである。
1週間前といえば、私は留置場にいたのだ。
私は、中警察署へ出頭するとき、財布の中に現金のほか、免許証とクレジットカードを入れていた。留置、勾留されると、所持品は、すべて警察署に保管される。保釈されたときには、クレジットカードは財布の中にそのままあったのだ。
ということは、警察署に保管されていたときにスキミングされたとしか考えられなかった。

何ということだ。
警察官を装った者がスキミングする事件はよく聞くが、本物の警察官が警察署で他人のカードを不正にスキミングする事件など、聞いたことがない。
警察署といえば、本来、貴重品を預けるには、もっとも安全な場所ではなかったか。盗難からいちばん守られるはずの警察署が、いちばん信用できないという社会になっては、もうおしまいである。

しかも、留置場にいる被疑者や被告人の大半は、実刑を受けて何年も社会に復帰しない。所持していたクレジットカードがスキミングされても、いつ、どこで被害にあったのかさえ気づかない。
被害届けも出せないうちに、有効期限が切れてクレジットカードは無効になる。事件は、表に出ることなく終わってしまうことが多いのだ。

長らく日本を支えてきた行政機構の崩壊の一端を、ここでも垣間見る思いがした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

礼状

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

平成16年3月7日、私は保釈されたときの率直な気持ちを、礼状にしたためた。

礼 状

名古屋地方裁判所刑事第4部
裁判長裁判官 沼里 豊滋 様
    裁判官 田邉 三保子 様
    裁判官 安達 拓 様 
 
     記

1.このたびは、平成16年3月3日名古屋地方裁判所小松秀大裁判官のなした保釈請求却下決定に対して申立てをした、被告弁護人による準抗告において、同月4日原裁判を取り消し、被告人の保釈を許可していただき、誠にありがとうございました。
被告人の立場を深く理解して下さり、状況判断の的確さや公平さ、人間に対する温情等というものに、私はもとより、妻や弁護人ともども、歓喜しました。

2.同年2月7日中警察署に出頭して逮捕され被疑者となった後、自分の言い分を聞いてもらうことがいかに大変かということを痛感し、不自由な身のもどかしさを、この1ヶ月間、いやというほど味わってきました。
一旦被疑者として扱われると、そもそも最初から不公平な立場に立たされ、劣勢を挽回することはもはや不可能で、非常に不利益を受けるものだということを痛感し、法の制度、裁判制度にも、生意気ながら疑いを挟むような気持ちになっていたことは否めません。

3.起訴された当日の保釈請求が却下された段階で、これで保釈が認められるようになるのは、早くても数ヵ月後だと覚悟しましたが、継続中の仕事の処理のことを考えると、正直言って暗然たる思いでした。それが翌日に、一転して保釈が許可されるようになるとは夢にも思いませんでした。
感謝の意を表します。

4.実は3月4日は、留置場にいた私のもとに、保釈請求却下決定書が届き、次いで昼近くには私の妻が面会に来て、中学1年の長女と小学1年の次女の手紙を差し入れして帰って行きました。
その幼い次女の手紙には、私が家に帰ってきた夢をよく見るということが書かれていましたが、その夕方には、それが夢ではなく現実になったのです。

5.もちろん、保釈されたとはいえ、すべてが終わったわけではありません。いうまでもなく、これからが、むしろ長く厳しい戦いである裁判の始まりです。
しかし、このたびの感動を決して忘れることなく、常に人間として恥ずかしくない人生を歩んで生きたいと思っています。保釈における指定条件を順守することはもとより、当面の裁判においても、事実、真実のみをありのまま主張し、立場上、敵対関係になった相手に対しても、本質的な人間と言う立場だけは、決して軽視しないよう対応していきたいと思っています。

6.昨今は、犯罪の増加により、裁判処理の仕事量も膨大なものになっており、過酷な労働環境にあるものと存じます。非常に責任の重いお仕事でしょうが、ご健康に留意され、今後ともご活躍されんことを心より祈っております。

平成16年3月7日
               ○○○○○○○○○○○○○○○
                         ○ ○ ○ ○
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

老婆との再会

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

平成16年3月4日夜。
約1ヶ月ぶりに我が家に戻った。
途中、見慣れていた街の風景に、妙に新鮮感を覚えた。
寒さはまだ厳しかったが、春の訪れを感じさせる冷たい夜風がとても心地よかった。真冬のひと月を極寒の留置場で過ごしたが、春が一度に来たような気分だった。

東警察署を釈放されるとき、親しくなった年配の留置課の警察官から、O弁護士が肩の荷が下りてほっとしたと言っていた、ということを耳にした。彼とは時間的にすれ違いになり、釈放時に会えなかったのである。

この1ヶ月間、90歳に近い老いた母親が、家にいない私を毎日心配していたと言う。心配をかけないよう所在と事情を伏せていたのだ。私も親であるとともに子供でもある。子供というものは、いくつになっても、親から見れば、心配の種なのかもしれない。

もう一人、心配をかけた老婆がいた。
この老婆は、生後5ヶ月で我が家にやってきたが、小さい頃から凶暴で野性味が強く、人には懐かない性格だった。家族の言うこともなかなかきかず、私が家にいないと、吠えまくってよく近所から苦情が出た。
そのくせ、心配性で気が小さく、旅行で一晩でも犬のショップに預けると、寂しがってクーン、クーンと泣きまくっていたほどである。
この老婆が一目置いていたのは、私だけだった。エサや散歩の世話などを、私一人ですべてやってきてかわいがったせいもあるが、我がままを許さず、厳しく躾してきたせいもあるのかも知れない。
この老婆は、人間の歳だと80歳近い雌のシェパード犬だが、私が逮捕されてから、盛んによく吠えるようになったという。
もう一匹、いたずらばかりするのでチンピラと呼んでいるラブラドールリトリバー犬がいる。こちらは愛嬌がよく人懐っこい性格であるが、私がいなくなっても、全く変化はなかったらしい。

家に着いて庭に入ると、びっくりしたように私を見た。二匹がである。
普段はラブラドールのチンピラ犬が、尻尾を激しく振って寄ってくる。シェパード犬の老婆は歳をとったせいか、動きが緩慢で、最近は尻尾も振らず、のろのろと顔見せに犬小屋から出てくるだけだった。

ところがこの日は、私を見つけるなり、びっこを引きながら飛びかかるように寄ってきたのは、なんとシェパード犬の老婆だった。
ウォーンと嬉しそうな声を上げるなり、盛んに私の顔を舐めてきた。この老婆が私の顔を舐めるのは、もう何年ぶりか記憶にないほどである。舐めて舐めて舐めまくってきた。
「わかった。もういい」
と、手で防ごうとしてが、それでもやめなかった。
しゃがんでいた私は、犬の体重に押され、そのまま押し倒されるように芝生の上に転がった。

見ると、夜空に無数の星が瞬いていた。
(きれいだ)
と、心底思った。
今まで忙しい日常に追われて、自分が星の美しささえ忘れていたことに、そのとき初めて気づいた。

Burogu

| | コメント (0) | トラックバック (0)

保釈2

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

その日の夕方、事態が急展開した。
保釈が認められたのである。
留置担当官からその知らせを聞いたとき、はじめ何がなんだかわからなかった。
保釈請求却下決定書が、今日、手渡されたばかりである。それが、一転許可になるとは。
事情はわからなかったが、展望は開けてきた。

保釈の連絡があった後、O弁護士が面会に来た。
「いい裁判官に当たったよ」
と、彼は弾んだ声で言った。

3月3日に保釈請求が却下されると、彼は即時、準抗告を申し立てた。
今まで説明してきた事件の事実や経緯に触れ、罪証隠滅のおそれという保釈請求却下理由に具体的、客観的な合理性がないことを訴えるとともに、今回の準抗告では、10年以上にわたって役所の固定資産評価員を勤め、当該固定資産評価業務を現在も継続中で、この仕事の締め切りが平成16年3月12日であり、被告人にはこのやりかけの仕事を終了させる責任がある、ということも訴えた。

準抗告に対する決定は、次のとおりであった。
<主文
原裁判を取り消す。
別紙記載の条件を付して、被告人の保釈を許可する。
保証金額は金300万円とする。
理由
本件公訴事実の要旨は、不動産鑑定士である被告人が、被告人方の事務所において、所得税調査に訪れた税務署勤務の財務事務官に対し、「うそばっかつくな」などと怒号しながら、同人の身体に向けてカセットテープを投げつける暴行を加え、同人の職務の執行を妨害したというものである。
一件記録によれば、被告人はカセットテープを投げたことは間違いないが、身体に投げつけたのではないなどと述べて犯行を否認し、本件犯行に至る経緯ないし犯行状況につき、本件犯行現場に立ち会った2名の財務事務官の供述内容等と相当程度異なった供述をしている状況にあるところ、これらの立証にあたっては供述証拠に頼ることの大きい事案であることなどに鑑みれば、公訴提起がなされた現段階においても、被告人が関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅するおそれはなお否定できない。
しかしながら、他方で、本件現場に立ち会った両財務事務官に対しては、複数回の事情聴取が行われ、細部にわたる供述証拠が作成されているほか、客観的証拠や複数の関係者による供述証拠が収集されて捜査が尽くされており、現段階において被告人が前記財務事務官をはじめとするこれらの関係者に働きかけ、罪証を隠滅する具体的なおそれは相当程度低減しているものと認められる。
このことに、本件事案の内容、さらには被告人の妻が保釈後の被告人の身柄を確実に引き受ける旨誓約していること、被告人の仕事の内容及び生活状況等を併せ考えると、裁量により被告人を保釈するのが相当である。
そうすると、本件準抗告は理由があるから、刑事訴訟法432条、426条2項により、主文のとおり決定する。
平成16年3月4日
名古屋地方裁判所刑事第4部
  裁判長裁判官 沼里豊滋
      裁判官 田邉三保子
      裁判官 安達拓  >

保釈が決まった。予想外の展開だった。
長期の勾留生活を覚悟したが、うれしい誤算となった。起訴されると同時に保釈を請求して却下されたが、その準抗告で保釈が認められたのだ。
否認事件でこんなに早く保釈が認められるのは例がないから、名古屋地裁では有名になっていたということを、後に私の弁護団に加わったB弁護士が言っていたほどである。

Bulogu_013_4

Bulogu_014_2

Bulogu_015_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

保釈1

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

平成16年3月4日。
O弁護士から請求した保釈を却下する決定書が、私の元に届けられた。

<保釈請求却下決定
被告事件 公務執行妨害
被告人に対する上記被告事件について、平成16年2月27日弁護人○○○○から保釈の請求があったので、当裁判所は、検察官の意見を聴いた上、次のとおり決定する。
主文
本件保釈の請求を却下する。
理由
被告人は下記4に該当し、かつ、諸般の事情に照らして保釈の許可をするのは適当と認められない。
平成16年3月3日
名古屋地方裁判所  裁判官 小 松 秀 大 >
となっており、記の4で罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある、と記載されていた。

保釈請求が却下されたことで、当初の予想どおり勾留が長期間に及ぶ様相が強くなってきた。
家族や友人のことも気がかりではあったが、当面は逮捕前から抱えていた役所の仕事の納期が迫っていたことが、何より気がかりであった。
新規の仕事は当然できなくなるから、出頭する前に、病気入院を理由にすべて断るように指示してきたが、取り掛かっていた継続中の仕事を途中で投げ出してしまうことは、仕事が減るだけでは済まされなかった。どんな理由があるにせよ、ビジネスマンとしては失格であり、責任感が欠落していると言わねばならない。

継続中の仕事のことは気がかりではあったが、すべての結果が出てしまうと、不思議なもので逆に気持ちが落ち着いてくる。
勾留されるかされないか、起訴か不起訴か、保釈されるかされないかという不確定要素を抱えていると、精神的に不安であるが、そういった当面の不確定要素がなくなると、どんな悲惨な現実でも、比較的すなおに受け入れ、環境に適合できる精神状態になるようだ。

接見禁止が解除されたため、昼頃、妻が面会に来た。
中学1年の長女と小学1年の次女が手紙を書いたという。私に渡してくれと言っていたらしい。

ひと時の面会を終えて房に戻ると、U氏が弁護士さんの面会かと訊ねてきたが、私はあいまいな返事をしただけだった。彼も起訴はされているが、国選弁護人がまだ決まっていない。
単調な拘束状態の留置場の生活では、他人の面会回数が多いだけでも、変な嫉妬心が生じてくる。それがわかっているだけに、自分の面会の話は極力避けるようにしていたのである。

午後になって、妻が差し入れていった娘の手紙が留置担当官から手渡された。
私は、U氏に背を向けるようにして、その手紙をこっそり開いた。
小学1年生の次女の字はたどたどしかった。
「おとうさんへ おとうさんげんき?ゆりはげんきだよ。おとうさんのゆめたくさんみたよ。たくさん。かえってきたゆめ。そのときはうれしかったよ。でもいつもゆめだからかなしい。でもしょうがないよね。 ゆりより」
「おとうさんへ もう3月すぎちゃったね。がんばってね。 ゆりより」
2枚目の手紙には、私と次女の絵が書いてあった。

その手紙を見たとき、思わず、堰を切ったように涙があふれた。もう、何十年も泣いていなかった。溜まっていた涙が、一気に噴き出したようであった。

「だんなさん、どげんしたと?」
後ろでU氏の声が聞こえた。
私の背中が、嗚咽で震えていたのかも知れない。
「いや、なんでもない」
と、あわてて言おうとしたが、言葉にはならなかった。

Bulogu_004_1

Bulogu_005_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

起訴2

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

2月28日。
O弁護士が面会に来た。いつもは午後からが多かったが、今日は午前中の面会である。
「起訴されたねえ」
彼は、これまでの裁判所の感触から不起訴の可能性が高いと踏んでいた。予想外だという表情である。こんな程度でという感想であろう。

公務執行妨害罪などというものは、実際犯行を行っていても、悪質でない限り、あまり起訴されない。例えば警察官に暴行し、怪我をさせても、よほどの重症でも負わせなければ、起訴されないことの方が多いのである。
私の場合は、犯行そのものがでっち上げだが、仮に被害者と称する税務職員の供述どおりだったとしても、投げたカセットテープは当たりもかすりもしていないし、指1本触れたわけでもない。しかも、被害者を装う竹山孝財務官(特別国税調査官)は、私のつぼまで割って逃げている。
それでも起訴してくるのだから、検察の力の入れようは、とても尋常ではないといえた。

午後になって起訴状が手渡された。非常に簡潔である。
<起訴状
公訴事実
被告人は、平成16年1月23日午後2時25分ころ、名古屋市○○○○号室において、被告人の所得税等の調査に訪れた名古屋中税務署財務事務官竹山孝(当56年)に対し、「うそばっかつくな。」などと怒号しながら、その身体に向けて数本のカセットテープを投げつける暴行を加え、もって同財務事務官の職務の執行を妨害したものである。
罪名及び罰条
公務執行妨害   刑法第95条第1項>

事実を調べたうえで悪質だったから起訴したというものではなく、最初から起訴ありきの捜査だった。
それは、昨日の取調べでも証明されている。

昨日の夕方、留置担当官から起訴されたことを聞かされたが、驚いたことに、起訴後のその日の夜8時頃に、中警察署の山本刑事と伊藤巡査が取調べに来たのである。
調べに来たことといえば、私が投げたカセットテープの種類、大きさ等は、どんなものかということである。縦約6cm、横約10cm、厚さ約1cmの通常のカセットテープか、縦約3cm、横約5cm、厚さ約0.8cmのマイクロカセットテープかということである。
数本のカセットテープを投げつける暴行を加えて、職務の執行を妨害したということで起訴しておきながら、肝心の犯行を形成したカセットテープはどんなものか調べてなかったのだ。
竹山財務官は、平積みにしてあった4本ないし6本のカセットテープを上から鷲づかみにして投げつれられたと供述していたようであるが、通常のカセットテープを上から4本ないし6本も掴めて投げれるものかどうか、担当検事が起訴した後から疑問に思ったのだろう。
本来ならば、犯行に使ったカセットテープを調査し、事実を検討して起訴すべきものであるが、本件では逆になっているのである。
この一事を見ても、普通の捜査でないことは明らかだった。

O弁護士は面会に来る前に、保釈請求書を裁判所に提出しただけでなく、担当裁判官に会って直々交渉してきた。だが、その裁判官の反応は何とも頼りないものだった、と嘆いていた。

Bulogu_015_1

Bulogu_016

| | コメント (0) | トラックバック (2)

起訴1

<はじめてのかたは、トップページからお読み下さい>

2月27日になった。
朝から何となく落ち着かなかった。
今日で勾留期限が切れるため、起訴か、不起訴か結論がはっきりする。不起訴であれば釈放だが、起訴となると、勾留生活が非常に長くなることが予想された。
でっち上げの事件だから否認するのは当たり前だが、表向きには、固まった被疑事件を全面的に否認していることになり、裁判所が簡単には保釈を認めないと思われた。

特に、国策がらみの否認事件は、勾留期間が非常に長い。
元大阪高検公安部長の三井環氏は、不当逮捕されてから保釈されるまで325日間拘束されていたし、鈴木宗男衆議院議員も、逮捕された後、容疑を否認していたため、保釈されるまで437日間拘置されている。
また、国税当局に反抗した公認会計士の山根治氏も、冤罪による逮捕で291日間勾留されていた。

容疑を否認し、かつ、被告が無罪になることによって当局関係者の責任問題に発展するようなケースでは、ほとんど例外なく、勾留期間が長期に及んでいる。
私の場合は、無罪になってから関係者の責任を追及するというよりも、逮捕される以前から、当局関係者の責任を追及していたのだ。簡単に、保釈を認めるとは思えなかった。

人間はどんな厳しい現実に直面しても、どこか甘い期待を捨てきれないものである。現実を直視すれば不起訴などありえないはずだが、私も心の片隅に、不起訴釈放の甘い期待を抱いていたことは否めなかった。
留置担当官が私の房の前までやってくると、
「○○、釈放だ」
と、扉を開けるような気がして落ち着かなかったのである。

そんな淡い期待が叶うほど、現実は甘くなかった。
その日の夕方、留置担当官が私の房の前までやってきたが、ひそかに期待していた扉は開けられることはなく、起訴された事実を簡潔に伝えてきただけであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)